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Measurement

「認知機能を測る」という言葉が、人によってまったく違うものを指していないでしょうか。まず、認知機能をどの領域に分けて考えるのかを整理します。

測定とデータ

「認知機能を測る」と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。物忘れのチェック、脳トレのスコア、運転前の反応テスト。同じ言葉が、まったく違うものを指していることがあります。

理由は、認知機能が一つの能力ではないからです。見て、聞いて、覚えて、考えて、行動に移す。この一連の流れに関わる脳の働きの総称であり、どの働きを、何のために見るのかによって、測り方も、結果の意味も変わります。この記事では、認知機能をどの領域に分けて考えるのか、各領域がどのような場面で表に出るのか、そして測定の目的によって何が違うのかを、日本神経学会のガイドラインなどの公開資料をもとに整理します。

なお、この記事で「認知機能」と書くときは、見る・聞く・覚える・考える・行動に移す、という一連の情報処理に関わる働きの総称を指します。医学的な診断や、特定の疾患を意味するものではありません。

認知機能とは——一つの能力ではなく、領域の集まり

日本神経学会の「認知症疾患診療ガイドライン2017」は、認知症で障害される主な認知機能として、注意、遂行機能、記憶、言語、視空間認知、行為、社会的認知をあげています。認知症の診療のための資料ですが、認知機能をどの領域に分けて見るのかという整理として、広く参照されています。

分け方は、資料によって異なります。米国精神医学会の診断基準(DSM-5)は、神経認知領域を複雑性注意、遂行機能、学習と記憶、言語、知覚-運動、社会的認知の6つに分けています。ガイドラインの「視空間認知」と「行為」が、DSM-5では「知覚-運動」にまとめられているなど、境目は一致しません。大切なのは、どの分類を使うにしても、認知機能が複数の領域から成り、領域ごとに働きも気づかれ方も違うことです。

認知機能の領域を、日本神経学会のガイドラインの7領域(注意、遂行機能、記憶、言語、視空間認知、行為、社会的認知)と、DSM-5の6領域(複雑性注意、遂行機能、学習と記憶、言語、知覚-運動、社会的認知)で並べ、対応する領域を線で結んだ図。視空間認知と行為は、DSM-5では知覚-運動にまとめられている。
分け方は資料によって異なる。どの分類でも、認知機能は複数の領域から成る。
領域働き(ガイドラインの説明)日常で気づかれ方の例
注意周囲の刺激を受容・選択し、一貫した行動をするための基盤となる作業でミスが増える。ぼんやりして反応が遅い
遂行機能目的をもって計画を立て、実行し、結果をフィードバックしながら進める仕事や家事を段取りよく進められない
記憶新しい経験を記銘し、保持し、あとで再生する新しいことを覚えられない
言語話す、理解する、呼称、復唱、読み、書き言葉が出てこない、書き間違える
視空間認知図形の構成、場所の把握などよく知っている場所で道に迷う
行為意図した動作を、円滑に行う使い慣れた道具をうまく使えない
社会的認知相手や周囲の状況を認識し、適した行動をとる状況に合わない行動をしてしまう

右の列は、ガイドラインが認知症で認められる症状として示している例です。認知機能の領域を理解するための手がかりとして引いていますが、これらの例が当てはまることと、認知症であることは同じではありません。

注意——ほかの領域を支える土台

ここでは、安全や作業の場面との結びつきが分かりやすい注意から見ていきます。ガイドラインは、全般性注意を、周囲の刺激を受容・選択し、それに対して一貫した行動をするための基盤となる機能と説明し、必要な作業に注意を向けて維持し、適宜選択、配分する働きとして整理しています。持続、選択、配分という3つの側面があるということです。DSM-5でも、複雑性注意として、持続的注意、分配性注意、選択的注意と、処理速度がまとめられています。

ガイドラインは、全般性注意が低下すると一度に処理できる情報量が減り、やや複雑なことについて理解したり、記銘したり、反応したりすることが困難となると述べています。注意はそれ自体が一つの領域であると同時に、いろいろな個別の認知機能に影響する、ほかの領域の土台です。ガイドラインの表では、全般性注意の障害の現れとして「いろいろな作業でミスが増える」「ぼんやりして反応が遅い」が示されています。

ここで、職場やスポーツの場面でよく使われる「反応」という言葉を整理しておきます。反応は、認知機能の一つの領域の名前ではありません。刺激に気づき、注意を向け、情報を処理し、動作として出力する。その結果として外から観察できる行動です。したがって反応の速さには、注意や処理速度などの認知の働きと、動作そのものの速さの両方が関わっています。これは本稿の整理であり、反応時間をどう分解して読むかは、別の記事で詳しく扱います。

遂行機能と記憶——判断と段取りを支える

もう一つ、実際の行動の質に関わるのが遂行機能です。ガイドラインは、目的をもって計画を立てて物事を実行し、その結果をフィードバックしながら進めていく機能を遂行機能と説明しています。少し複雑な行為すべてに関連し、仕事や家事を段取りよく進められなくなることなどで気づかれるとされています。状況を見て次の手を決める、うまくいかなければやり方を変える、という日常の「判断」の多くは、この領域の働きに支えられています。

記憶には、いくつかの種類があります。ガイドラインは、貯蔵する時間の長さから、数秒程度の即時(短期)記憶、数分から数日程度の近時記憶、それより長い遠隔記憶に分けています。そのうえで、即時記憶を使って情報を把持しながら、それに対して認知的な作業を行う機能を作業記憶と呼び、100から7を順に引いていく課題などがこれに相当するとしています。作業記憶は単純な記憶ではなく、前頭葉機能の関与が示唆され、遂行機能に影響するとされています。覚えておく力と、覚えたことを使って考える力は、別の働きとして扱われているということです。

測定は目的で別物——診断のための検査と、現場のための測定

領域が分かれているので、「認知機能を測る」といっても、何を測るかで検査の姿は大きく変わります。ガイドラインは、認知機能障害のスクリーニングとして、ミニメンタルステート検査(MMSE)が臨床および研究で国際的に広く用いられていること、日本では改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)も一般的に使われていること、軽度の認知症や軽度認知障害の場合は、日本語版のMoCA-Jなどが使われることを説明しています。

これらは、認知症の診断を補助するための臨床の検査です。ガイドラインは、MMSEの内容が見当識、言語性記憶、全般性注意・計算、言語といずれも言語機能を用いる検査が大半を占めること、そのため軽症例、病前能力の高い場合、視空間認知障害が主症状となる場合には感度が低いことも指摘しています。HDS-Rも、すべて言語を用いる検査です。つまりこれらは、診断のために、見当識や記憶、言語を中心に確かめる設計になっています。

一方、職場やスポーツの現場で知りたいことは、これとは異なります。いま、この人が、周囲の変化に気づき、判断し、体を動かすまでの流れをどの程度の速さと正確さで行えるか。厚生労働省の「高年齢者の労働災害防止のための指針」は、考慮すべき特性として、筋力、バランス能力、敏捷性、全身持久力、感覚機能及び認知機能の低下等を列挙しており、令和8年2月10日付けの通達(基発0210第1号)は、体力チェックの範囲に、事業場の実情に応じて感覚機能や認知機能等を含めて差し支えないとしています。診断ではなく、安全に作業を進めるための現在地の把握として、認知機能が位置づけられているということです。

診断を補助する検査現場の安全・パフォーマンスの測定
目的疾患の可能性を判断する材料にする現在の状態を把握し、作業や練習を考える材料にする
見ている領域の例見当識、記憶、言語が中心(MMSE、HDS-R)注意・反応・判断など、行動に直結する働き
使う人医師などの専門職事業場、指導者、本人
結果の扱い診断や治療方針の検討に用いる診断ではない。配置や評価の可否の線引きに使わない

どちらが優れているということではありません。目的が違うため、同じ「認知機能の測定」でも、見ている領域も、結果の意味も、使ってよい場面も異なります。職場で測るときは、診断のための検査の基準を当てはめないこと。そして、結果を診断や能力の優劣の判断に使わないことが前提になります。

測るときに押さえておきたいこと

認知機能の測定には、体力チェックと共通する注意と、固有の注意があります。

指針は、体力の状況の把握に当たって、個々の労働者に対する不利益な取扱いを防ぐため、本人の同意の取得方法や情報の共有範囲を事前に定めておくことを求めています。認知機能に関わる結果は、特に慎重な扱いが必要です。結果を人事上の評価や、配置・就業の可否の線引きに使うことは、通達が示す体力チェックの趣旨からも外れます。

認知機能は、年齢だけで決まるものでも、一度の測定で固定されるものでもありません。領域に分けて見ると、どの働きが、どの場面で、安全や作業に関わっているのかが見えてきます。次に見るべきは、注意や処理の結果として表れる「反応」と、考えることと動くことを切り離せない現場の動作です。これらは、別の記事で扱います。

  • ※ 本記事は2026年10月時点の公開情報にもとづいています。認知機能の領域は日本神経学会「認知症疾患診療ガイドライン2017」、DSM-5の分類はジョンズ・ホプキンス大学の解説、職場での位置づけは「高年齢者の労働災害防止のための指針」と通達(令和8年2月10日付け基発0210第1号)によります。
  • ※ ガイドラインは認知症の診療のための資料です。表に示した症状の例は、領域の理解のために引用したものであり、当てはまることが認知症であることを意味しません。
  • ※ 認知機能の評価や診断は医療の領域です。事業場やスポーツの現場で行う測定は診断ではありません。心配がある場合は、医師などの専門職にご相談ください。
  • ※ 測定は状態を数値として把握するためのものであり、認知機能の向上や疾患の予防を保証するものではありません。

よくある質問

認知機能は、具体的に何を指しますか。
見る、聞く、覚える、考える、行動に移すといった一連の情報処理に関わる脳の働きの総称です。日本神経学会のガイドラインは、認知症で障害される主な認知機能として、注意、遂行機能、記憶、言語、視空間認知、行為、社会的認知をあげています。分け方は資料によって異なり、DSM-5では複雑性注意、遂行機能、学習と記憶、言語、知覚-運動、社会的認知の6領域です。
認知機能と認知症は同じことですか。
同じではありません。認知機能は、誰もが持つ脳の働きの総称です。ガイドラインは、認知症では疾患ごとの機能低下部位を反映して複数の認知機能に障害が認められると説明しています。認知機能を測ることと、認知症かどうかを診断することは別で、診断は医師が行います。
記憶力だけが認知機能ですか。
記憶は領域の一つにすぎません。注意、遂行機能(段取りや判断)、言語、視空間認知、行為、社会的認知も含まれます。作業の場面で結びつきが分かりやすいのは、周囲に注意を向けて維持する注意の働きと、状況を見て次の手を決める遂行機能です。ガイドラインは、全般性注意が低下すると、いろいろな作業でミスが増え、反応が遅くなることがあると示しています。
職場で従業員の認知機能を測ってもよいのですか。
義務ではありませんが、できないわけでもありません。令和8年2月10日付けの通達(基発0210第1号)は、体力チェックの範囲に、事業場の実情に応じて感覚機能や認知機能等を含めて差し支えないとしています。実施する場合は、診断ではなく安全のための状態把握であることを本人に伝え、同意の取得方法と情報の共有範囲を安全衛生委員会等で事前に定め、不利益な取扱いにつながらないようにする必要があります。
MMSEなどの検査と、職場の測定は同じものですか。
目的が異なります。MMSEやHDS-Rは、認知症の診断を補助するための臨床の検査で、見当識、記憶、言語を中心に確かめます。ガイドラインは、MMSEが視空間認知障害が主症状の場合などに感度が低いことも指摘しています。職場やスポーツの現場の測定は、注意・反応・判断など行動に直結する働きの現在地を把握するためのもので、診断の基準を当てはめることはできません。

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