2026年4月1日に施行された改正労働安全衛生法は、第62条の2で「高年齢者の労働災害の防止を図るため、高年齢者の特性に配慮した作業環境の改善、作業の管理その他の必要な措置を講ずるように努めなければならない」と定めました。同じ日に「高年齢者の労働災害防止のための指針」の適用が始まっています。
対応を検討する際に最初に出てくるのが、「高年齢者」とは何歳からなのか、という問いです。体力チェックの対象を決めるにも、安全衛生教育の受講者を絞るにも、線引きが要るように見えます。
この記事では、まず条文と指針に年齢が書かれていないことを確認し、制度ごとに異なる「高年齢」の線と、労働災害の統計を並べます。そのうえで、事業場で対象範囲を決めるときの考え方を整理します。
条文にも指針にも、年齢は書かれていない
結論から言うと、労働安全衛生法第62条の2には対象年齢の定めがありません。同法の定義規定(第2条)にも「高年齢者」の定義は置かれておらず、法律の本文全体を通じて、年齢を数字で区切った箇所はありません。
これは今回の改正で新設された条文に限った話ではありません。改正前からある第62条は「中高年齢者その他労働災害の防止上その就業に当たつて特に配慮を必要とする者」について、心身の条件に応じた適正な配置に努めることを求めていますが、ここでも「中高年齢者」の年齢は定められていません。東京労働局の資料も、労働安全衛生法では中高年労働者の定義を一律に定めていない、と説明しています。
第62条の2第2項にもとづく「高年齢者の労働災害防止のための指針」と、指針と同日に出された労働基準局長通達(令和8年2月10日付け基発0210第1号)も同様です。どちらの文書にも「何歳以上」という記述は出てきません。指針は一貫して「各事業場における高年齢者の就労状況や業務の内容等の実情に応じて」取り組むという書き方をしています。
制度ごとに「高年齢」の線は違う
一方で、雇用や保険の制度には年齢の線が明記されているものがあります。実務で「高年齢者は55歳から」「60歳から」といった数字が飛び交うのは、これらの制度の線が持ち込まれているためです。
| 制度・文書 | 年齢の線 | 根拠 |
|---|---|---|
| 高年齢者雇用安定法の「中高年齢者」 | 45歳以上 | 同法施行規則 第2条 |
| 高年齢者雇用安定法の「高年齢者」 | 55歳以上 | 同法施行規則 第1条 |
| 定年の下限 | 60歳 | 高年齢者雇用安定法 第8条 |
| 高年齢者雇用確保措置 | 65歳まで | 高年齢者雇用安定法 第9条 |
| 高年齢者就業確保措置(努力義務) | 70歳まで | 高年齢者雇用安定法 第10条の2 |
| 雇用保険の「高年齢被保険者」 | 65歳以上 | 雇用保険法 第37条の2 |
| 労働災害統計での「高年齢労働者」の区分 | 60歳以上 | 厚生労働省の統計資料での慣行 |
| エイジフレンドリー補助金の対象 | 60歳以上の労働者が常時1名以上 | 令和8年度エイジフレンドリー補助金 交付要件 |
| 労働安全衛生法 第62条の2 | 定めなし | —— |
同じ「高年齢者」という語でも、雇用安定法では55歳、雇用保険では65歳と、制度の目的によって線が変わります。労働安全衛生法第62条の2は、これらのどれも借りていません。労働災害防止の文脈で60歳以上という区分が使われることが多いのは、厚生労働省が公表する労働災害の統計が60歳以上を一つのまとまりとして扱っていることと、エイジフレンドリー補助金の交付要件が60歳以上の労働者の雇用を条件にしていることに由来すると考えられます。

統計が示すのは「線」ではなく「傾き」
では、統計はどこに線を引いているでしょうか。厚生労働省が2026年5月に公表した令和7年の労働災害発生状況(確定値)によれば、休業4日以上の死傷者135,333人のうち、60歳以上は42,318人で31.3%を占めています。50歳以上まで広げると78,135人、57.7%です。年齢階層別に見ると、死傷者数が最も多いのは55〜59歳(18,424人)で、次いで50〜54歳(17,393人)、60〜64歳(16,855人)と続きます。
ただし、この人数は働いている人の数に左右されます。労働者数あたりの発生率で見るために、厚生労働省が安全衛生分科会に提出した資料(令和5年のデータ)を参照すると、60歳以上は雇用者全体の18.7%であるのに対し、休業4日以上の死傷者数に占める割合は29.3%でした。死傷年千人率を30代と比べると、60歳以上は男性で約2倍、女性で約4倍となっています。
注目したいのは、この発生率が60歳で急に跳ね上がるわけではない点です。同じ資料の年齢別のグラフでは、千人率は20代後半を底に、30代、40代、50代と段階的に上がり、60代以降でさらに高くなる形をしています。統計が示しているのは、ある年齢を境に変わる「線」ではなく、年齢とともに徐々にリスクが上がる「傾き」です。
この傾きの読み方には注意が必要です。年齢別の千人率は集団の平均であり、同じ年齢でも個人の状態には幅があります。50代で身体機能や反応の状態が変化している人もいれば、60代でも変化が小さい人もいます。年齢は集団としてのリスクを示す目安であって、個人の状態を表す指標ではありません。
指針が求めているのは、年齢の線引きではなく「特性への配慮」
条文と指針に年齢が書かれていないのは、書き忘れではなく構造上の理由があると読めます。第62条の2の見出しは「高年齢者の労働災害防止のための措置」ですが、事業者に求めているのは「高年齢者の特性に配慮した」作業環境の改善と作業の管理です。年齢そのものではなく、特性が配慮の対象になっています。
指針はその特性を、「筋力、バランス能力、敏捷性、全身持久力、感覚機能及び認知機能の低下等」と列挙しています。そして体力チェックの項では、次のように述べています。
身体機能の低下は高年齢者に限られるものではないことから、事業場の実情に応じて、青年、壮年期から体力チェックを実施することが望ましいこと。
通達はこの部分について、「身体機能の低下は、20代、30代などの若い頃から始まるとの調査結果もあることから」と理由を補足しています。指針が年齢を定めなかったのは、特性の変化が年齢で一律に区切れないという前提に立っているためだと考えられます。
安全衛生教育の項も同じ方向です。指針は、高年齢者本人だけでなく、管理監督者や「高年齢者と共に働く各年代の労働者」に対しても、高年齢者の特性と安全衛生対策についての教育を行うことが望ましいとしています。

事業場で対象範囲をどう決めるか
年齢の定めがない以上、対象範囲は事業場ごとに決めることになります。指針は、体力チェックの測定手法と評価基準を安全衛生委員会等の審議を踏まえて構築することが望ましいとしており、対象範囲もその審議の中で扱うのが自然です。実務上は、次の3つの考え方があります。
- 制度の区分に合わせる
- 60歳以上を対象にする方法。労働災害統計と比較しやすく、エイジフレンドリー補助金の対象とも重なる。ただし50代の死傷者数が最も多いという統計とは合わない
- 作業に合わせる
- 高所作業、フォークリフト、夜勤など、災害リスクの高い作業に従事する労働者を年齢を問わず対象にする方法。指針の「職務内容等に照らして」という考え方に沿う
- 全員を対象にし、年代別に比較する
- 青年・壮年期から測定し、本人の経年変化と年代ごとの傾向を把握する方法。指針が「望ましい」とする形に最も近いが、人数と運用の負担が大きい
どれを選ぶにしても、出発点は「何歳から」ではなく「どの作業に、どの能力が必要か」です。指針は、体力チェックの評価基準を「高年齢者が従事する職務内容等に照らして合理的な水準に設定」することを求め、通達は「仕事内容に対して必要な能力等が有るかという観点」に留意するよう述べています。作業に必要な能力を先に決め、それを測る対象を次に決める、という順序です。
年齢を理由にした一律の措置は避ける
年齢で対象を絞ること自体は指針も否定していません(「主に高年齢者を対象とした体力チェック」という表現があります)。ただし、測定結果を見ずに年齢だけを理由として配置転換や業務の制限を行うことは、指針の趣旨から外れます。指針は、就業上の措置を講じる場合に産業医等の意見を聴き、本人と十分に話し合って了解が得られるよう努めることを求めています。また、健康や体力の状況は心身の状態に関する情報にあたるため、本人同意の取得方法や不利益取扱いの防止を事業場内の手続として定める必要があります。
もう一つ押さえておきたいのは、高年齢者雇用安定法との関係です。同法は65歳までの雇用確保を義務、70歳までの就業確保を努力義務としています。「年齢が高いから危険な作業から外す」だけでは、働き続ける場がなくなります。指針が「継続した業務の提供に配慮すること」や、業務のマッチングを求めているのはこのためです。特性を把握し、その状態でも安全に働ける環境と業務を用意することが、両方の法律の要請を満たす方向になります。
最後に、測る中身にも触れておきます。指針が列挙した6つの特性のうち、筋力・バランス能力・全身持久力は一般的な体力チェックで把握できますが、敏捷性・感覚機能・認知機能は対象になりにくい項目です。通達は、体力チェックの範囲に「事業場の実情に応じて全身持久力、感覚機能や認知機能等を含めて差し支えない」としています。対象範囲を年齢で広げるだけでなく、測る特性を広げることも、指針に沿った設計の一部です。
- ※ 本記事は2026年9月時点の法令・指針・通達・統計にもとづいています。最新の情報は厚生労働省の公表資料をご確認ください。
- ※ 労働災害の統計値は厚生労働省の公表資料から引用した集団の数値であり、個人のリスクを示すものではありません。
- ※ 「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」は2026年4月1日に廃止されています。過去の資料を参照する際はご注意ください。
- ※ 測定は健康状態の診断ではありません。医学的な判断は産業医等の専門職が行います。
よくある質問
- 労働安全衛生法第62条の2の「高年齢者」は何歳以上ですか。
- 法律にも、第62条の2第2項にもとづく「高年齢者の労働災害防止のための指針」にも、年齢の定めはありません。同法の定義規定にも「高年齢者」の定義は置かれていません。対象範囲は、各事業場の就労状況や業務の内容等の実情に応じて事業場ごとに決めることになります。
- 実務では60歳以上を対象にすればよいですか。
- 一つの考え方ではあります。厚生労働省の労働災害統計は60歳以上を一つの区分として扱っており、エイジフレンドリー補助金も60歳以上の労働者の雇用を交付要件としているため、制度との整合はとりやすくなります。ただし、令和7年の統計では死傷者数が最も多いのは55〜59歳であり、指針は身体機能の低下が高年齢者に限られないことから青年・壮年期からの体力チェックを望ましいとしています。60歳で線を引く場合も、それより下の年代をどう扱うかを検討しておく必要があります。
- 第62条の「中高年齢者」と第62条の2の「高年齢者」は何が違いますか。
- 第62条は改正前からある条文で、中高年齢者その他特に配慮を必要とする者について、心身の条件に応じた適正な配置に努めることを求めています。第62条の2は2026年4月に新設された条文で、高年齢者の特性に配慮した作業環境の改善や作業の管理を努力義務とし、その具体化を指針に委ねています。いずれも年齢の定めはありません。なお高年齢者雇用安定法では、中高年齢者を45歳以上、高年齢者を55歳以上と定めていますが、これは労働安全衛生法には適用されません。
- 年齢を理由に危険な作業から外してもよいですか。
- 測定や健康診断の結果を見ずに、年齢だけを理由として一律に配置転換や業務の制限を行うことは、指針の趣旨から外れます。指針は、就業上の措置を講じる場合には産業医等の意見を聴き、本人と十分に話し合って了解が得られるよう努めることを求めています。また、高年齢者雇用安定法が65歳までの雇用確保を義務としていることから、作業から外すだけでなく、その状態でも安全に働ける環境と業務を用意することが求められます。
- エイジフレンドリー補助金の対象年齢はいくつですか。
- 令和8年度のエイジフレンドリー補助金は、役員を除き、自社の労災保険適用の高年齢労働者(60歳以上)が常時1名以上就労していることを交付要件の一つとしています。補助金の対象年齢は補助金の要件であって、労働安全衛生法第62条の2の対象年齢を定めたものではありません。
出典
- 労働安全衛生法(昭和47年法律第57号)|e-Gov 法令検索(外部サイトが新しいタブで開きます)
- 高年齢者の労働災害防止のための指針(令和8年2月10日 公示第1号)[PDF]|厚生労働省(外部サイトが新しいタブで開きます)
- 「高年齢者の労働災害防止のための指針」について(令和8年2月10日付け基発0210第1号)[PDF]|厚生労働省(外部サイトが新しいタブで開きます)
- 高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(昭和46年法律第68号)|e-Gov 法令検索(外部サイトが新しいタブで開きます)
- 高年齢者等の雇用の安定等に関する法律施行規則(昭和46年労働省令第24号)|e-Gov 法令検索(外部サイトが新しいタブで開きます)
- 雇用保険法(昭和49年法律第116号)|e-Gov 法令検索(外部サイトが新しいタブで開きます)
- 令和7年における労働災害発生状況(確定値)[PDF]|厚生労働省(外部サイトが新しいタブで開きます)
- 高年齢労働者の労働災害防止対策について(第164回安全衛生分科会 資料2-1)[PDF]|厚生労働省(外部サイトが新しいタブで開きます)
- 令和8年度エイジフレンドリー補助金のご案内[PDF]|厚生労働省(外部サイトが新しいタブで開きます)
- 高年齢労働者の安全と健康[PDF]|東京労働局(外部サイトが新しいタブで開きます)
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