高齢者の転倒は、筋力やバランスの問題として語られることが多い出来事です。実際、転倒リスクの評価として広く使われているのは、歩く速さ、片脚で立てる時間、立ち上がりの動作といった身体機能の検査です。
一方で、研究の世界では、認知機能の低下も転倒と関連する要因として長く扱われてきました。この記事では、その関連がどのくらいの大きさで報告されているのか、なぜ実行機能と注意が注目されるのか、そして介護の現場で評価に組み込むときに何に気をつければよいのかを、一次資料から整理します。
なお、この記事でいう認知機能は、注意を向ける、情報を覚えておく、状況を判断する、行動を切り替えるといった頭の働きの総称です。その中でも実行機能は、計画を立てる、やり方を切り替える、不要な反応を抑えるといった働きを指します。詳しくは認知機能の4つの側面で整理しています。
高齢者の転倒はどのくらい起きているか
東京消防庁は、日常生活の事故による救急搬送のデータを公表しています。令和2年から令和6年までの5年間に、東京消防庁の管内(稲城市と島しょ地区を除く東京都)で救急搬送された65歳以上の人の事故を動作で分けると、「その他」や「不明」を除いて、「ころぶ」事故が全体の8割以上を占めていました。
- 令和6年の搬送人員
- 「ころぶ」事故で救急搬送された65歳以上の人は73,500人
- 重症度
- 「ころぶ」事故で搬送された高齢者の約4割が、入院の必要がある中等症以上と診断された
- 発生場所
- 住宅等居住場所での42,180人のうち、屋内が39,053人で9割以上。最も多いのは居室・寝室で29,783人
住み慣れた家の中、それも居室や寝室で多くの転倒が起きているという点は、段差や床の状態といった環境だけでは説明しきれないことを示唆しています。慣れた場所で、何かをしながら動いたときに起きる転倒には、身体機能に加えて、注意の向け方や状況の判断が関わっている可能性があります。転倒の起き方については転倒災害の発生パターンも参考になります。
研究が示している関連の大きさ
認知機能と転倒の関係を調べた研究は数多くあります。カナダの研究グループが2012年に発表したメタ解析は、1988年から2009年までに発表された27の研究をまとめ、どのような認知機能の低下が、どのような転倒と関連しているかを整理しました。
| 認知機能の捉え方 | 対象 | 報告された関連 |
|---|---|---|
| 全般的な認知機能の障害 | 地域で暮らす高齢者 | 転倒全般、重い外傷を伴う転倒、手首の骨折と関連。重い外傷との関連はオッズ比2.13(95%信頼区間1.56〜2.90) |
| 実行機能の低下 | 地域で暮らす高齢者(健康な人の軽い低下を含む) | 転倒全般と関連し、オッズ比1.44(同1.20〜1.73)。重い外傷を伴う転倒とも関連 |
| 認知症の診断 | 施設で暮らす高齢者 | 転倒全般とは関連したが、重い外傷を伴う転倒とは関連しなかった |
著者らは、認知機能の低下をどう定義するか、どの種類の転倒を結果として見るかによって、関連の大きさが変わると結論づけています。また、全般的な認知機能の点数について、どこからを危険とみなすかの基準値には合意がないことも明記しています。
もう一つ、時間を追って調べた研究があります。イスラエルの研究グループは、認知症がなく移動能力にも問題のない地域在住の高齢者256人(平均76.4歳、61%が女性)を対象に、最初に認知機能と歩行を測り、その後の転倒を毎月の記録で追いました。追跡期間は66か月です。
年齢、性別、前年の転倒回数を調整したうえで、その後の転倒と関連していたのは、実行機能の指標、注意の指標、そして計算などを加えた二重課題の条件での歩行のばらつきの3つでした。実行機能と注意の得点が高いほど転倒の発生率は低い方向に、二重課題での歩行のばらつきが大きいほど高い方向に関連していました。それ以外の認知機能の指標は、転倒と関連していませんでした。
なぜ実行機能と注意が関わるのか
2つの研究に共通しているのは、記憶よりも実行機能と注意が転倒と結びついているという点です。追跡研究の著者らは、その背景として、実行機能が歩行の調整、とくに複雑で難しい状況での歩行に重要な役割を果たしているという知見を挙げています。
広い場所をまっすぐ歩くだけなら、歩行にはあまり注意を要しません。しかし、人をよけながら歩く、話しかけられて振り向く、電話の音に気を取られながら立ち上がるといった場面では、周りに注意を配りつつ、動きを切り替える必要があります。こうした場面で注意の配分が追いつかないと、足の運びやバランスへの注意が手薄になると考えられています。
この考え方を検査として形にしたのが、歩きながら計算をするといったデュアルタスク(二重課題)です。追跡研究でも、二重課題の条件での歩行のばらつきが、その後の転倒と関連していました。注意の種類と働きについては、注意機能とはで詳しく扱っています。
国際ガイドラインでの位置づけ
2022年には、世界各国の専門家と学会が参加して作成した高齢者の転倒予防と管理の国際ガイドラインが、老年医学の学術誌に公表されました。このガイドラインは、転倒リスクが高いと考えられる高齢者に、多くの要因を総合的に評価する多因子評価を行うよう勧めています。認知機能については、次のように位置づけています。
- 高齢者の多因子評価には、認知機能の評価を標準的に含めることを強く推奨している
- 認知症や軽度認知障害は、転倒と転倒による外傷のリスクを2倍にするとしている
- 認知症や軽度認知障害と診断されていなくても、実行機能を中心とする認知機能の低さは転倒リスクの高さと関連するとして、すべての高齢者で認知機能を検査する理由に挙げている
- 実行機能の要素を含む全般的な検査(MoCA)や、実行機能を見る検査(TMT のB)を使えるとし、検査を実施する人の訓練も勧めている
ガイドラインが求めているのは、認知機能を単独で測ることではなく、身体機能、服薬、視覚、環境などと並ぶ評価項目の一つとして扱うことです。軽度認知障害(MCI)の位置づけについては、MCIとはで整理しています。
介護の現場で評価に組み込むときの注意
研究とガイドラインを踏まえると、転倒リスクの評価に認知機能の視点を加えることには根拠があります。ただし、使い方を誤ると、利用者に不要な不安を与えたり、誤った判断につながったりします。次の点を押さえておくと安全です。
| 研究とガイドラインから言えること | 言えないこと |
|---|---|
| 認知機能の低下、とくに実行機能と注意の低下は、集団として転倒と関連している | 認知機能の点数が低い人は転ぶ、と個人について予測すること |
| 認知症と診断されていない人でも、軽い実行機能の低下が転倒と関連しうる | 点数の基準値を決めて、危険かどうかを線引きすること(基準値には合意がない) |
| 多因子評価の一項目として認知機能を評価することが推奨されている | 認知機能の評価だけで転倒リスクを判断すること |
- 身体機能の評価と並べて記録する。歩行、バランス、立ち上がりの結果と、注意や反応の結果を同じ表に並べると、どの要素が弱いのかを分けて考えやすくなる
- 診断のための検査として扱わない。介護の現場での測定は状態を把握するためのもので、認知症や軽度認知障害の判断は医師が行う
- 同じ人の推移を見る。1回の点数で判断せず、同じ条件で繰り返し測り、以前と比べて変わったかを見る
- 変化に気づいたら共有する。急な変化があった場合は、家族やケアマネジャー、主治医と共有し、体調や服薬の変化がないかを確かめる
- 測定中の安全を確保する。二重課題のように注意を分散させる課題は、測定そのものが転倒の場面になりうるため、付き添いと手すりを前提にする
推移の見方については、認知機能の変化に気づくにはで、1回の結果より推移を見るべき理由を詳しく扱っています。
- ※ 本記事は2026年11月時点で公開されている資料と論文にもとづいています。
- ※ メタ解析と追跡研究の数値は、それぞれの研究の対象と条件のもとで得られたもので、基準値として使えるものではありません。
- ※ 認知機能の測定は状態を数値として把握するためのもので、転倒の予測や予防を保証するものではありません。医学的な判断は医師が行います。
よくある質問
- 認知機能が低下すると、転びやすくなるのですか。
- 集団として見ると、認知機能の低下は転倒と関連することが多くの研究で報告されています。27研究をまとめたメタ解析では、全般的な認知機能の障害は重い外傷を伴う転倒と、実行機能の低下は転倒そのものと関連していました。ただし、これは集団での関連であり、ある人が転ぶかどうかを認知機能だけで予測できるわけではありません。
- 認知機能のうち、どの働きが転倒と関係しますか。
- 研究で特に注目されているのは、実行機能と注意です。地域在住の高齢者256人を66か月追った研究では、実行機能と注意の指標、二重課題での歩行のばらつきがその後の転倒と関連し、それ以外の認知機能の指標は関連していませんでした。人をよけながら歩くといった、注意を配りながら動きを切り替える場面に関わる働きだと考えられています。
- 認知症と診断されていなければ、認知機能を評価する必要はありませんか。
- 2022年の転倒予防の国際ガイドラインは、認知症や軽度認知障害と診断されていなくても、実行機能を中心とする認知機能の低さは転倒リスクの高さと関連するとしています。そのうえで、高齢者の多因子評価に認知機能の評価を標準的に含めることを強く推奨しています。
- 介護施設で認知機能を測るとき、何に気をつければよいですか。
- 測定は状態を把握するためのもので、診断ではないことを利用者と家族に伝えてください。結果は1回で判断せず、同じ条件で繰り返し測って推移を見ます。身体機能の評価と並べて記録し、急な変化があれば主治医やケアマネジャーと共有してください。二重課題のように注意を分散させる課題では、付き添いと手すりを前提に安全を確保してください。
出典
- 救急搬送データからみる高齢者の事故|東京消防庁(外部サイトが新しいタブで開きます)
- Muir SW, Gopaul K, Montero Odasso MM. The role of cognitive impairment in fall risk among older adults: a systematic review and meta-analysis. Age Ageing. 2012;41(3):299-308|PubMed(外部サイトが新しいタブで開きます)
- Mirelman A, et al. Executive function and falls in older adults: new findings from a five-year prospective study link fall risk to cognition. PLoS One. 2012;7(6):e40297|PubMed Central(外部サイトが新しいタブで開きます)
- Montero-Odasso M, et al. World guidelines for falls prevention and management for older adults: a global initiative. Age Ageing. 2022;51(9):afac205|PubMed Central(外部サイトが新しいタブで開きます)
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