「最近もの忘れが増えた」「段取りに時間がかかるようになった」。年齢のせいなのか、それとも別の変化なのか。家族や自分自身のことで、その境目が気になったときに出てくる言葉が、MCI(軽度認知障害)です。
この記事では、厚生労働省と国立長寿医療研究センターの資料、MCIの診断基準をまとめた論文をもとに、MCIとは何か、認知症とどこが違うのか、変化に気づくための手がかりは何かを整理します。MCIかどうかの判断は医師が行うものであり、この記事はその判断の代わりにはなりません。
なお、この記事では「認知機能」を、記憶・注意・判断・言語など、情報を受け取って理解し、行動につなげる働きの総称として使います。語の範囲の詳しい整理は認知機能とは何かで扱っています。
MCIとは——健常と認知症の「中間の状態」
厚生労働省は、MCIを「もの忘れなどの軽度認知機能障害が認められるが、日常生活は自立しているため、認知症とは診断されない状態」と説明しています。国立長寿医療研究センターが作成した「あたまとからだを元気にするMCIハンドブック」(以下、ハンドブック)も、MCIは認知症そのものではないが健常な状態でもない、「中間のような状態」だとしています。
国際的には、米国国立老化研究所とアルツハイマー病協会の作業部会(NIA-AA)が2011年に示した基準がよく参照されます。この基準は、アルツハイマー病によるMCIの臨床的な条件として、次の4点を挙げています。
- 認知機能が以前より変化したという懸念がある。懸念は本人、本人をよく知る人、または臨床医の観察から得られる
- 一つ以上の認知領域で、年齢や教育歴から期待されるより低い成績がある。領域には記憶、遂行機能、注意、言語、視空間認知などが含まれる
- 日常生活の機能について、自立が保たれている
- 認知症ではない
この基準をまとめた論文は、MCIの診断には「その人自身の中での変化」の証拠が必要だと強調しています。同じ年代の平均と比べるだけでなく、その人の以前の状態と比べる、という考え方です。この点は、後で述べる「気づく手がかり」に直結します。
同じ論文は、認知機能の低下を説明しうるほかの原因(血管性、外傷性、その他の身体の病気など)を、可能な範囲で除外する必要があるとも述べています。もの忘れの原因は一つではなく、MCIかどうかは、こうした確認を経て医師が判断するものです。
認知症との違いは「日常生活が自立しているか」
ハンドブックは、健常な状態・MCI・認知症の3つを、認知機能の障害と日常生活の障害の有無で区別しています。
| 状態 | 認知機能の障害 | 日常生活の障害 | 補足 |
|---|---|---|---|
| 健常な状態 | なし | なし | 認知機能は年齢とともにゆるやかに低下していく |
| MCI(軽度認知障害) | あり | なし | 新しい場所や機械が苦手になる、物事をてきぱきと進めにくくなる、などがみられることがある |
| 認知症 | あり | あり | お金の扱い、服薬、食事など、生活のさまざまなことを一人で行うことが難しい |
認知症について、ハンドブックは「一人暮らしが困難なほど認知機能が低下した状態」という定義があると説明しています。MCIの状態で日常生活に支障が出始めると、認知症の状態にあると判断されます。
ただし「日常生活が自立している」ことは、「何も変わっていない」ことを意味しません。NIA-AAの基準は、MCIの人は以前できていた複雑な作業、たとえば支払い、食事の用意、買い物などで軽い困難を抱えることが多く、以前より時間がかかったり、効率が落ちたり、誤りが増えたりすることがあると述べています。それでも、最小限の助けで日常生活の自立は保たれている、というのがMCIの位置づけです。境目は連続しており、基準の論文自身も、この判断には難しさがあると認めています。
どのくらいの人がMCIで、その後どうなるのか
厚生労働省が公表した推計(令和5年度老人保健事業推進費等補助金による九州大学 二宮利治教授の研究をもとに作成)によれば、2022年の高齢者における有病率(性年齢調整後)は、認知症が12.3%、MCIが15.5%でした。合わせると約28%です。人数にすると、認知症が443.2万人、MCIが558.5万人と推計されています。
| 年 | MCIの高齢者数(推計) | 高齢者におけるMCI有病率 |
|---|---|---|
| 2022年(令和4年) | 558.5万人 | 15.5% |
| 2025年(令和7年) | 564.3万人 | 15.4% |
| 2030年(令和12年) | 593.1万人 | 16.0% |
| 2040年(令和22年) | 612.8万人 | 15.6% |
この推計は、福岡県久山町、石川県中島町、愛媛県中山町、島根県海士町の4地域で2022年に行われた調査にもとづき、性・年齢階級別の有病率が今後も変わらないと仮定して計算されたものです。仮定が変われば数字も変わります。
MCIと診断された人のその後について、ハンドブックは、1年で約5〜15%の人が認知症に移行する一方で、1年で約16〜41%の人は健常な状態になると説明しています。MCIの段階にとどまる人もいます。MCIは「必ず認知症になる段階」ではなく、どちらの方向にも動きうる状態だということです。
MCIという考え方の土台になった研究の一つに、米国メイヨー・クリニックの研究(Petersen ほか、1999年)があります。地域の診療の場で評価されたMCIの76人を、健常な234人、軽度のアルツハイマー病の106人と比べたところ、健常な人との主な違いは記憶の領域で、ほかの認知機能は同程度でした。経過を追うと、MCIの人の低下は健常な人より速く、軽度のアルツハイマー病の人よりは緩やかだったと報告されています。ただし対象は一つの地域の比較的小さな集団であり、この結果がそのまま日本の高齢者全体に当てはまるとは限りません。
気づくための手がかり——「以前と比べて」を見る
NIA-AAの基準の第一項目は、本人、本人をよく知る人、または臨床医が、以前と比べた変化に懸念を持っていることでした。つまり、最初の手がかりは検査の点数ではなく、日常の中で気づかれる変化です。ハンドブックとNIA-AAの基準に書かれている内容から、手がかりになりうる変化を挙げます。
- もの忘れが以前より増えたと本人が感じる、または家族や周りの人から指摘されることが多くなった
- 行きなれた場所や使いなれた機械は問題ないが、新しい場所や新しい機械が苦手になった
- 支払い、食事の用意、買い物など、段取りの多い作業に以前より時間がかかる、誤りが増えた
- 日常生活はどうにか送れているが、てきぱきと進めることが難しくなった
- 気分の落ち込みやいらだちなど、気分の変化が続いている
最後の項目について、ハンドブックは、50歳以降に意欲の低下や不安などの症状が少なくとも6か月以上続く状態を軽度行動障害(MBI)と呼び、認知症との関連に触れています。ただし同時に、気分の変化を安易に病気と結びつけず、体調や薬、環境などほかの原因も考え、それでも続く場合に医師に相談するよう勧めています。ここに挙げた変化は、どれも加齢や疲れ、睡眠不足、ほかの病気でも起こりえます。一つ当てはまったからといってMCIだということにはなりません。
変化に気づくには、比べる相手が要ります。NIA-AAの基準は、1回しか評価されていない場合は経過の聞き取りなどから変化を推測するしかなく、繰り返しの評価が最も望ましいとしています。日常の場面でも同じで、以前の様子が記録に残っていれば、変化を具体的に説明しやすくなります。いつ頃から、どの場面で、どのくらいの頻度で困りごとが起きているかを書き留めておくと、受診したときに医師へ伝える材料になります。
測定の値で推移を見る場合は、同じテストを繰り返すと慣れによって結果が良くなる練習効果や、条件をそろえないと値がぶれることに注意が必要です。一度の結果が上がった・下がったという見方より、同じ条件で測った推移を見るほうが、手がかりとして確かです。
気づいたらどこに相談するか——検査と測定の位置づけ
ハンドブックは、以前と比べてもの忘れが多いと感じる場合や、家族などから指摘されることが多くなった場合に、もの忘れ外来の受診を勧めています。主な相談先として挙げられているのは次のとおりです。
- 認知症疾患医療センター
- 各種検査、認知症の診断、治療方針の決定、かかりつけ医のサポートを行う。ハンドブックによれば、令和4年5月時点で全国に496か所設置されている
- もの忘れ外来を開設している医療機関
- もの忘れや認知機能の低下について相談し、診察を受けられる外来
- かかりつけ医
- 普段の健康状態を知っている身近な医師。最初の相談先になる
- 地域包括支援センター
- どの医療機関に行けばよいか分からないときの相談先。全国の市町村に設置されているが、市町村によって名称が異なる場合がある
医療機関では、問診や家族からの聞き取りに加えて、認知機能検査が行われることがあります。たとえばMoCAは、MCIを見つけるための10分程度のスクリーニング検査として2005年に発表されたものです。検査の種類と目的の違いは認知機能の測定方法の種類と選び方でも整理しています。検査の点数だけで診断が決まるわけではなく、ほかの原因の確認や生活の様子と合わせて、医師が判断します。
当社の REAXION は、反応速度、判断、短期記憶にかかわる課題を通じて、認知と身体の反応を数値として記録する仕組みです。医療機器ではなく、MCIや認知症を診断したり発見したりするものではありません(REAXION CARE の TAIS への登録は、福祉用具としての登録です)。役割は、同じ条件で繰り返し記録し、変化を本人や家族、支援者と共有する材料をつくることにとどまります。気になる変化があれば、測定の結果にかかわらず、医療機関や地域包括支援センターに相談してください。
- ※ 本記事は2026年10月時点で公開されている資料にもとづいています。
- ※ MCIの定義の引用、有病率と将来推計は、厚生労働省「認知症および軽度認知障害(MCI)の高齢者数と有病率の将来推計」によります。
- ※ 認知症への移行と健常な状態への回復の割合、相談先の記述は、国立長寿医療研究センター「あたまとからだを元気にするMCIハンドブック」によります。移行や回復の割合は研究によって対象や方法が異なり、数値には幅があります。
- ※ 本記事は医学的な診断や助言に代わるものではありません。MCIや認知症の診断は医師が行います。
よくある質問
- MCIと認知症の違いは何ですか。
- 日常生活が自立しているかどうかです。MCIは、認知機能の低下があるものの日常生活は自立しているため、認知症とは診断されない状態です。認知機能の低下によって日常生活に支障が出始めると、認知症の状態にあると判断されます。ただしMCIでも、支払いや買い物など段取りの多い作業に以前より時間がかかることはあり、境目は連続しています。
- MCIになると、必ず認知症になりますか。
- 必ずなるわけではありません。国立長寿医療研究センターのハンドブックは、MCIでは1年で約5〜15%の人が認知症に移行する一方、1年で約16〜41%の人は健常な状態になると説明しています。MCIの段階にとどまる人もいます。数値は研究によって幅があります。
- MCIの人はどのくらいいますか。
- 厚生労働省が公表した推計では、2022年の高齢者におけるMCIの有病率は15.5%で、558.5万人と推計されています。認知症の12.3%と合わせると約28%です。2040年のMCIの高齢者数は612.8万人と推計されていますが、これは2022年の性・年齢階級別の有病率が変わらないと仮定した計算です。
- 家族のもの忘れが気になるとき、何から始めればよいですか。
- いつ頃から、どの場面で、どのくらいの頻度で困りごとが起きているかを書き留めておくと、相談のときに具体的に伝えられます。相談先としては、かかりつけ医、もの忘れ外来を開設している医療機関、認知症疾患医療センターがあり、どこに行けばよいか分からない場合は地域包括支援センターに相談できます。
- REAXIONの測定でMCIかどうかが分かりますか。
- 分かりません。REAXIONは医療機器ではなく、MCIや認知症を診断したり発見したりするものではありません。反応速度、判断、短期記憶にかかわる課題で反応を記録し、同じ条件での推移を確認するための仕組みです。気になる変化があれば、測定の結果にかかわらず医療機関に相談してください。
出典
- 認知症および軽度認知障害(MCI)の高齢者数と有病率の将来推計[PDF]|厚生労働省(外部サイトが新しいタブで開きます)
- あたまとからだを元気にするMCIハンドブック(国立長寿医療研究センター)[PDF]|厚生労働省(外部サイトが新しいタブで開きます)
- Albert MS, et al. The diagnosis of mild cognitive impairment due to Alzheimer's disease (2011)|PubMed(外部サイトが新しいタブで開きます)
- Albert MS, et al. 同上 全文|PubMed Central(外部サイトが新しいタブで開きます)
- Petersen RC, et al. Mild cognitive impairment: clinical characterization and outcome (1999)|PubMed(外部サイトが新しいタブで開きます)
- Nasreddine ZS, et al. The Montreal Cognitive Assessment, MoCA (2005)|PubMed(外部サイトが新しいタブで開きます)
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