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Occupational Safety

段差をなくし、床を清掃し、滑らない靴を配る。どれも正しい対策ですが、順序があります。そして、多くの事業場が手をつけていない領域が一つ残ります。

労働安全衛生

転倒は、休業4日以上の労働災害のうち事故の型別で最も多く、令和7年は37,195人と全体の27.5%を占めました。平均休業見込日数は48.5日(令和5年)で、1か月以上職場を離れる災害です。どのようなパターンで、誰に起きているかは別の記事で整理しました。この記事では、職場で実際に打てる手を、厚生労働省の「STOP!転倒災害プロジェクト」と2026年4月に適用された「高年齢者の労働災害防止のための指針」にもとづいて順に確認します。

対策を並べると数が多く、どこから着手すべきか迷います。指針は優先順位を示しているので、まずその順序を押さえます。

対策には順序がある——リスク低減措置の優先順位

対策には優先順位があります。指針は、リスクアセスメントの結果にもとづくリスク低減措置の順序として、危険な作業の廃止・変更、手すりの設置や段差の解消等の工学的対策、マニュアルの整備等の管理的対策、個人用の装備の使用、の順で検討することを求めています。転倒対策に当てはめると、まず段差や滑る床そのものをなくし、なくせない箇所を作業方法と注意喚起で補い、靴などの装備で仕上げる、という組み立てになります。

指針が示すリスク低減措置の優先順位ア〜エを4段に並べ、左に上から下へ緑から青紫へ変わる帯を添えた図。アは危険な作業の廃止・変更等、設計や計画の段階から危険性又は有害性を除去又は低減する措置、イは手すりの設置や段差の解消等の工学的対策、ウはマニュアルの整備等の管理的対策、エは身体負荷を軽減する個人用の装備の使用。右側に、それぞれが転倒対策では何にあたるかを並べている。
上の措置ほど危険そのものを取り除き、下に行くほど労働者の注意と装備に依存する。着手の順序はこの並びで決まる。

この順序が重要なのは、下の段の対策ほど、労働者一人ひとりの注意や装備に依存するからです。段差そのものをなくせば誰も躓きませんが、「気をつけて歩く」は忙しいときに守られません。まず消せるものを消し、消せないものを補う、という順に読みます。

設備と4S——段差と床そのものをなくす

最も効くのは、転倒の原因を物理的に取り除くことです。段差の解消と手すりの設置、滑りやすい箇所への防滑素材の採用、照度の確保が柱になります。照度については、明るさの絶対値だけでなく、明るい場所から暗い場所へ移る際に目が順応するまで時間がかかるため、照度が極端に変化する場所や作業を解消することが求められています。

区分対策の内容根拠
設備(工学的対策)階段に手すりを設け、可能な限り通路の段差を解消する/滑りやすい箇所に防滑素材(床材や階段用シート)を採用する/通路を含めた作業場所の照度を確保し、照度が極端に変化する場所や作業を解消する/出入口周辺に滑りにくいマットを敷き、床の滑りやすさをできるだけ一定にする指針 第2の2(1)、STOP!転倒災害プロジェクト「設備の改善」
4S活動(管理的対策)歩行場所に物を放置しない/床面の汚れ(水、油、粉等)を取り除く/滑りの原因となる水分・油分を放置せずに、こまめに清掃するSTOP!転倒災害プロジェクト「転倒災害防止対策のポイント」、指針 第2の2(1)

4S活動(整理・整頓・清掃・清潔)は当たり前の対策に見えますが、転倒の3つのパターンのうち滑りとつまずきの多くは、床の汚れと放置物という4Sの範囲で説明がつきます。厚生労働省は、忙しい時間帯には4Sがおろそかになり、作業を急ぐことで注意力も散漫になるため、繁忙時間帯にリスクが上がると指摘しています。頻度を決めて回すことが、設備の投資と同じ重みを持ちます。

作業方法と見える化——なくせない危険をどう扱うか

段差や床の状態をすべて解消できるわけではありません。残った危険には、作業方法の見直しと、危険の見える化で対応します。

区分対策の内容根拠
作業方法(管理的対策)時間に余裕を持って行動する/滑りやすい場所では小さな歩幅で歩く/足元が見えにくい状態で作業しない/重量物は小口化し取扱回数を減らすSTOP!転倒災害プロジェクト「転倒災害防止対策のポイント」、指針 第2の2(2)
見える化・注意喚起解消できない段差や滑りやすい箇所には安全標識や危険箇所の掲示で注意喚起する/過去の災害・ヒヤリハット・KY活動の結果から危険マップを作り、休憩室等に掲示する/転倒危険場所にステッカーを貼る指針 第2の2(1)・第2の5(1)、STOP!転倒災害プロジェクト「危険の見える化」

見える化で重要なのは、危険箇所を「決める」過程に労働者が参加することです。厚生労働省の手順では、過去に災害が発生した箇所、ヒヤリハット事例の多い箇所、KY活動で注意が必要とされた箇所を従業員の参加のもとで洗い出し、職場の平面図に落とします。指針も、高年齢者が職場で気づいたリスクや負担を相談できる窓口と、何でも話せる職場風土が有効だと述べています。転倒は目立たない場所で起きるため、現場の人が知っている「あそこは滑る」を集める仕組みが、設備の対策と同じくらい効きます。

靴——耐滑性は床の状態に合わせて選ぶ

個人用の装備は優先順位では最後ですが、滑りのパターンには直接効きます。注意したいのは、耐滑性が高い靴を配れば安全になるとは限らない点です。厚生労働省は、滑りにくい床に滑りにくい靴底を組み合わせると、かえってつまずくことがあると指摘しています。靴底の耐滑性は、その職場の床の滑りやすさに合わせて選ぶ必要があります。

区分対策の内容根拠
靴(個人用装備)滑りやすい箇所で作業する労働者に防滑靴を利用させる/靴底の耐滑性は床の滑りやすさに応じて選ぶ(滑りにくい床に滑りにくい靴底では、つまずくことがある)/靴底の凹凸が残っているうちに交換する指針 第2の2(1)、STOP!転倒災害プロジェクト「転倒防止に有効な安全靴」

靴については、厚生労働省が具体的な目安を示しています。日本産業規格の安全靴の規格では、動摩擦係数0.2以上のものを「耐滑性が優れる靴」と定めており、一般のプロテクティブスニーカーは0.05〜0.15程度、市販の紳士靴は0.01〜0.1程度とされています。また、靴が重いと足が上がりにくくなって擦り足になりやすいため、短靴では片足900グラム以下が勧められています。高年齢労働者ほど擦り足で歩く傾向があるため、つま先部の高さや靴の屈曲性も、つまずきに関わる要素です。

対策の空白——設備の対策は8割、身体の側の対策は5%

ここまでの対策を見ると、多くは職場の「場所」に向けたものです。実際、第14次労働災害防止計画の策定時に厚生労働省が行った調査(2022年、回答206事業場)では、何らかの転倒防止対策に取り組んでいる事業場は83.5%に達していました。一方で、整理・整頓・清掃などの物理的な対策だけでなく、「転倒しにくい身体づくりや転倒した際に怪我をしにくい身体づくり」にも取り組んでいる事業場は5%にとどまっていました。

転倒防止対策の実施率を2本の横棒で示した図。何らかの転倒防止対策に取り組んでいる事業場が83.5%、転倒しにくい身体づくり等のソフト的な対策にも取り組んでいる事業場が5.0%。50%の位置に、第14次労働災害防止計画の目標を示す白い破線が引かれている。
設備の対策はすでに8割の事業場が着手している。残っている伸びしろは、身体の側を把握するほうにある。

厚生労働省はこの結果を踏まえ、転倒災害の約半数が50代以上の女性という「身体機能等の影響が大きく出ている状況」では、設備の対策だけでは増加に歯止めをかけられないとして、設備と身体の両面からの対策に取り組む事業場を2027年までに50%以上にする目標を立てました。指針が体力チェックの方法として「転倒等のリスクを確認する身体機能セルフチェック」を挙げているのも、この流れにあります。

では、「身体の側」を把握するとは何を測ることでしょうか。指針は体力チェックの方法として、フレイルチェック、転倒等のリスクを確認する身体機能セルフチェック、労働者が自ら体力の状況を把握できるオンラインツール、質問紙による推定、事業場の働き方や作業ルールにあわせた体力チェックを挙げています。いずれも有効な方法ですが、測っているのは主に身体の機能と自己評価です。

一方、先に見た「気持ちが先走り体がついて行かなかった」という転倒の原因や、視認性の低下による「段差に気づけない」という問題は、身体の測定だけでは捉えきれません。指針は、事業者が考慮すべき特性として「筋力、バランス能力、敏捷性、全身持久力、感覚機能及び認知機能の低下等」を列挙し、作業管理では「注意力や判断力の低下による災害を防止するため」、複数の作業を同時進行させる場合の負担を考慮するよう求めています。指針の解釈を示した通達も、体力チェックの範囲に「感覚機能や認知機能等を含めて差し支えない」と明記しています。

転倒という事象を分解すると、段差や濡れた床に「気づく」、踏み出しを「判断する」、身体を「動かす」という連鎖があります。従来の体力チェックは最後の「動かす」を測ってきました。反応時間や注意機能の測定を組み合わせると、前の2段階の状態も把握でき、たとえば「バランスは保たれているが、危険に気づいてから動き出すまでが遅い」といった、個人ごとの違いが見えるようになります。それは、どの対策をその人に優先するかを決める材料になります。

転倒災害の対策は、場所の対策と人の対策の両輪です。場所の対策は多くの事業場で進んでいますが、人の対策は5%という空白があります。その空白を埋める第一歩は、年齢や性別ではなく、一人ひとりの気づき・判断・動きの状態を測ることです。指針が列挙した6つの特性は、そのための項目一覧として読むことができます。

  • 本記事は2026年9月時点で厚生労働省が公表している統計・計画・指針にもとづいています。
  • 死傷者数は労働者死傷病報告にもとづく休業4日以上の死傷者数で、新型コロナウイルス感染症へのり患によるものを除いています。
  • 測定は身体や認知の状態を数値として把握するためのものであり、転倒の予防や機能の改善を保証するものではありません。健康状態の診断や医学的な判断は産業医等の専門職が行います。

よくある質問

職場の転倒対策は、何から始めればよいですか。
指針が示すリスク低減措置の順序に沿うと、まず段差の解消や手すり、防滑素材、照度の確保といった設備の対策、次に4S活動や作業方法の見直しといった管理的な対策、最後に防滑靴などの個人用装備という順になります。解消できない危険箇所には、現場の参加で危険マップを作り、ステッカーで注意喚起します。あわせて、転倒の記録を滑り・つまずき・踏み外しに分けて集計し、どこに手を打つかの優先順位を決めます。
防滑靴はどのように選べばよいですか。
靴底の耐滑性は、その職場の床の滑りやすさに合わせて選びます。厚生労働省は、滑りにくい床に滑りにくい靴底を組み合わせると、かえってつまずくことがあると指摘しています。目安として、日本産業規格の安全靴の規格では動摩擦係数0.2以上を「耐滑性が優れる靴」と定めており、一般のプロテクティブスニーカーは0.05〜0.15程度、市販の紳士靴は0.01〜0.1程度とされています。また、靴が重いと足が上がりにくく擦り足になりやすいため、短靴では片足900グラム以下が勧められています。靴底の凹凸が残っているうちに交換することも必要です。
危険箇所は誰がどうやって決めればよいですか。
厚生労働省の手順では、過去に災害が発生した箇所、ヒヤリハット事例の多い箇所、KY活動で注意が必要とされた箇所を、従業員の参加のもとで洗い出し、職場の平面図に落とします。転倒は目立たない場所で起きるため、現場の人が知っている「あそこは滑る」を集める仕組みが要ります。指針も、高年齢者が職場で気づいたリスクや負担を相談できる窓口と、何でも話せる職場風土が有効だと述べています。
設備の対策はしています。ほかに何が足りないのでしょうか。
厚生労働省の2022年の調査では、何らかの転倒防止対策に取り組む事業場は83.5%でしたが、身体の側の対策にも取り組む事業場は5%でした。指針は体力チェックの方法として転倒等のリスクを確認する身体機能セルフチェックを挙げ、考慮すべき特性として筋力・バランス能力・敏捷性・全身持久力・感覚機能・認知機能を列挙しています。筋力やバランスに加えて、危険に気づき判断する側の状態まで把握することが、次の段階です。

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