認知機能の検査や測定を受けると、点数や年齢換算の値が返ってきます。そのとき、多くの人は「平均より上か下か」を気にします。けれども、MCI(軽度認知障害)の考え方に照らすと、変化に気づくうえで大事なのは、平均との比較よりも、その人の以前の結果との比較です。
この記事では、MCIの診断基準をまとめた論文と、検査を繰り返したときの点数の動きを調べた研究をもとに、1回の結果より推移を見るべき理由と、推移を見るときに気をつけることを整理します。ここでいう「認知機能」は、記憶・注意・判断・言語など、情報を受け取って理解し、行動につなげる働きの総称です。語の範囲は認知機能とは何かで、MCIそのものの説明はMCI(軽度認知障害)とはで扱っています。
診断基準は「その人の中での変化」を見ている
MCIの臨床的な基準としてよく参照されるのが、米国国立老化研究所とアルツハイマー病協会の作業部会(NIA-AA)が2011年に示したものです。その第一の条件は、本人の以前の水準と比べて、認知機能が変化したという懸念があることでした。懸念は、本人、本人をよく知る人、または熟練した臨床医の観察から得られるとされています。
さらにこの論文は、MCIの診断には個人の中での変化の証拠が必要だと強調しています。1回しか評価されていない場合は、経過の聞き取りなどから変化を推測するしかなく、繰り返しの評価が最も望ましいが、常にできるとは限らない、という書き方です。繰り返しの評価があるなら、時間とともに成績が下がっていることが確認できるはずだ、とも述べています。
同じ論文は、MCIの人の検査の点数は、年齢と教育歴をそろえた人たちの平均より標準偏差でおよそ1〜1.5低いことが多いとしつつ、これは目安であって区切りの点数ではないと念を押しています。点数の基準だけで線を引けるものではない、ということです。
1回の点数だけでは分からないこと
なぜ1回の結果では足りないのか。理由は単純で、もともとの水準が人によって違うからです。以前から平均より高い成績だった人が少し下がっても、平均と比べる限りは「問題なし」に見えます。逆に、以前から平均より低めだった人は、何も変わっていなくても「低い」と出ます。
| 比べる相手 | 分かること | 分からないこと・注意点 |
|---|---|---|
| 同年代の平均(基準値) | 集団の中でのおおよその位置 | もともとの水準の個人差を区別できない。以前から高い人の低下を見逃しやすい |
| 本人の以前の結果 | その人の中での変化の方向と大きさ | 練習効果や測定のぶれを含む。測り方や条件が違うと比べられない |
| 日常の様子(本人や家族の気づき) | 生活の中で起きている困りごとの具体的な中身 | 記憶に頼ると時期や頻度があいまいになる。体調や環境の影響と区別しにくい |
診断基準が本人や周りの人の「以前と比べた」懸念を最初に置いているのは、この3つ目の情報が、点数では捉えにくい変化を含むからだと考えられます。日常の中で気づかれる変化の例や相談先は、MCI(軽度認知障害)とはで紹介しています。
点数が動いても、変化とは限らない
では、2回測って点数が下がっていれば低下、上がっていれば向上と言えるかというと、そう単純ではありません。点数の差には、本当の変化のほかに、少なくとも2つの要素が混ざります。
1つ目は練習効果です。同じ検査を繰り返すと、問題を覚えていたり、やり方に慣れたりして点数が上がることがあります。神経心理検査の練習効果を約1,600の効果量で調べたメタ分析(Calamia ほか、2012年)は、別の版の検査を使うかどうか、参加者の年齢、診断、検査の間隔などによって、点数の上がり方が異なっていたと報告しています。そして、繰り返し測定で変化を解釈するときには練習効果を考慮する必要があると結論づけています。練習効果の詳しい整理は練習効果とはで扱っています。
見落とされやすいのは、練習効果があると、低下が隠れることです。実際には少し下がっていても、慣れによる上昇と打ち消し合えば、点数は横ばいに見えます。「変わっていないから安心」とも言い切れないわけです。
2つ目は測定のぶれです。同じ人を同じ条件で測っても、体調や集中の度合いで値は揺れます。心理療法の研究から生まれた「信頼できる変化の指標」(Jacobson と Truax、1991年)は、ある人の変化の大きさが、測定のぶれで説明できる範囲を超えているかを統計的に判断するための考え方です。どのくらいの差なら意味のある変化と見なせるかは、その測定方法の信頼性によって変わります。数字をどこまで信じてよいかは測定の信頼性と妥当性で整理しています。
推移を記録するときの決めごと
ここまでを踏まえると、推移を手がかりにするには、比べられる記録を残すことが前提になります。研究や診断基準の考え方から、記録の決めごとを挙げます。
- 同じ方法で測る。検査や測定の種類が変わると、点数どうしを比べられない
- 条件をそろえる。時間帯、場所、測る前の過ごし方をできるだけ同じにする
- 間隔を決めておく。思い立ったときに測るのではなく、半年ごと、1年ごとなど、あらかじめ決めた間隔で測る
- その日の状態を書き添える。睡眠不足、体調不良、服薬の変化など、結果に影響しうることを記録しておく
- 日常の様子も並べて残す。いつ頃から、どの場面で、どのくらいの頻度で困りごとが起きているかを書き留める
- 1回の上下で判断しない。数回分の推移を見て、方向が続いているかを確かめる
5つ目は特に大切です。点数の推移と、日常の困りごとの記録が同じ時期に動いていれば、受診したときに医師へ伝える材料になります。どちらか一方だけでは、加齢や疲れ、ほかの病気による一時的な揺れと区別しにくいからです。
変化の方向は一つではありません。MCIと診断された人の中には、その後、健常な状態に戻る人もいることが報告されています(数値はMCI(軽度認知障害)とはで紹介しています)。推移を見ることは、悪い方向の変化を探すことだけではなく、状態が保たれていることや、戻っていることを確かめることでもあります。
職場や地域で測定を続けるときの注意
企業の健康施策や自治体の介護予防事業の中で、認知機能に関わる測定を続ける場面も増えています。そのとき、測る側が先に示しておくべきことがあります。
- 測定は診断ではないこと。MCIや認知症かどうかの判断は医師が行い、測定の結果はその代わりにならない
- 結果を誰が見て、何に使うのか。本人に返すのか、集団の傾向として扱うのか
- 変化に気づいたときの相談先。かかりつけ医、もの忘れ外来、地域包括支援センターなどを案内できるようにしておく
- 測らない選択をした場合にどうなるのか。不利益がないことを伝える
REAXION Wellなどの当社の測定サービスも、反応や判断の状態を数値として記録し、同じ条件での継続測定によって推移を追うためのものであり、MCIや認知症を判定するものではありません。測定の値は、本人が自分の変化に目を向けるきっかけや、医師に相談するときの記録の一つとして使うものだと考えています。
- ※ 本記事は2026年11月時点で公開されている資料と論文にもとづいています。
- ※ NIA-AAの基準は、アルツハイマー病によるMCIを対象とした臨床の基準です。本記事では、変化の捉え方に関わる部分のみを扱っています。
- ※ 認知機能の変化は、加齢のほか、睡眠、気分、薬、ほかの病気などでも起こりえます。気になる変化がある場合は医師にご相談ください。
よくある質問
- 認知機能の検査は、1回受ければ十分ですか。
- 1回の結果からは、その時点のおおよその位置は分かりますが、以前と比べて変化したかどうかは分かりません。MCIの診断基準をまとめた論文は、診断には個人の中での変化の証拠が必要で、繰り返しの評価が最も望ましいとしています。
- 前回より点数が上がったら、良くなったと考えてよいですか。
- そうとは限りません。同じ検査を繰り返すと、問題や手順に慣れて点数が上がる練習効果があります。体調や集中の度合いによるぶれもあります。1回の上下ではなく、数回分の推移と日常の様子を合わせて見ることが大切です。
- どのくらいの間隔で測るのがよいですか。
- 一律に決まった間隔はありません。大事なのは、思い立ったときではなく、あらかじめ決めた間隔で、同じ方法・同じ条件で測ることです。検査の間隔によって練習効果の大きさが変わることも報告されています。医療機関で検査を受けている場合は、医師の指示に従ってください。
- 測定の結果が下がっていたら、MCIということですか。
- いいえ。測定の結果だけでMCIかどうかは判断できません。認知機能の低下は、睡眠不足や体調、薬、ほかの病気などでも起こりえます。変化が続いている、日常の困りごとが増えているといった場合は、かかりつけ医やもの忘れ外来に相談してください。
出典
- Albert MS, et al. The diagnosis of mild cognitive impairment due to Alzheimer's disease (2011)|PubMed(外部サイトが新しいタブで開きます)
- Albert MS, et al. 同上 全文|PubMed Central(外部サイトが新しいタブで開きます)
- Calamia M, Markon K, Tranel D. Scoring higher the second time around: meta-analyses of practice effects in neuropsychological assessment (2012)|PubMed(外部サイトが新しいタブで開きます)
- Jacobson NS, Truax P. Clinical significance: a statistical approach to defining meaningful change in psychotherapy research (1991)|PubMed(外部サイトが新しいタブで開きます)
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