デュアルタスク(二重課題)とは、2つの課題を同時に行わせる枠組みのことです。介護や転倒の分野では、歩く・立ち上がるといった動作に、計算や言葉の課題を重ねる形がよく使われます。歩きながら数字を引き算する、歩きながら言葉を挙げる、といった課題です。
なぜ、わざわざ2つ同時にやらせるのでしょうか。片方ずつ測ったほうが、何を測っているかは明確なはずです。この記事では、その理由と、結果をどう数値にするか、そして国内の研究で何が報告され、何が報告されていないのかを整理します。
なぜ歩きながら考えさせるのか
出発点は、1997年に医学雑誌ランセットに報告された短い観察でした。高齢者に歩きながら話しかけると、会話のあいだ立ち止まってしまう人がいる。そしてそうした人は転びやすい、という内容です。この現象は「話しているときに歩くのをやめる」という名前で知られるようになりました。
この観察が示しているのは、歩くという動作が、意識しなくてもできる自動的なものとは限らないということです。慣れた人にとって歩行はほとんど注意を要しませんが、バランスを保つのが難しくなると、歩くこと自体に注意を割く必要が出てきます。そこへ会話が加わると、注意が足りなくなり、どちらかを止めることになります。立ち止まるのは、歩行のほうを犠牲にした結果です。
つまりデュアルタスクは、注意の配分という目に見えないものを、外から観察できる形にする仕掛けです。片方ずつ測ると、どちらも問題なくこなせてしまい、この配分の余裕が見えません。現場で起きる事故の多くが「何かをしながら」の状況で起きることを考えると、同時に行わせることには理由があります。認知運動で扱った「考えることと動くことを同時に扱う」という設計も、同じ発想に立っています。
どう数値にするか——二重課題コスト
観察を数値にするためによく使われるのが、二重課題コスト(dual-task-cost、DTC)という考え方です。単一課題のときの成績と、二重課題のときの成績の差を、単一課題の成績で割って百分率にします。計算式は次のとおりです。
二重課題コスト =(二重課題での成績 − 単一課題での成績)÷ 単一課題での成績 × 100
この割り算には意味があります。もともと歩くのが遅い人と速い人を、そのままの秒数で比べても、どちらが余裕を失っているかは分かりません。単一課題の成績で割ることで、「その人自身の普段と比べてどれだけ落ちたか」という比率になります。元の能力の差を取り除いて、余裕の減り方だけを取り出すわけです。
組み合わせる課題としては、立ち上がって3メートル歩いて戻る動作(Timed Up and Go test)に計算を加えるものが広く使われています。計算の難しさを変えることで、負荷の大きさを調整できます。
国内の研究が報告していること
要介護認定を受けた虚弱高齢者30名(平均84.7歳、標準偏差4.1)を対象に、この枠組みを詳しく調べた国内の研究があります。立ち上がって歩いて戻る動作を、計算なしの条件と、1ずつ引く・3ずつ引く・7ずつ引くという3段階の計算を加えた条件で測り、認知機能の検査や過去6か月の転倒歴との関係を検討したものです。
- 計算の難しさと所要時間
- 引く数が大きくなるにつれて、動作にかかる時間が有意に延びた。負荷の調整が実際に効いていることを示す
- 認知機能との関係
- 二重課題コストは、注意の切り替えを見る検査と有意な相関を示した。著者は、歩行時間の変化には注意機能が最も関係していたと結論づけている
- 転倒歴との関係
- 転倒の有無で分けた2群のあいだに、二重課題コストの有意差は認められなかった
3つ目の結果は見落とされがちですが、重要です。この研究の範囲では、二重課題コストが大きいことと、過去に転んだことのあいだに差は見つかりませんでした。対象が30名と少なく、全員が要介護認定を受けた虚弱高齢者という限られた集団であることは踏まえる必要がありますが、「二重課題の成績が悪い=転倒する」と単純に結びつけられる段階ではないということです。
海外の研究をまとめた検討でも、評価は割れています。二重課題の条件での歩行の変化が、単一課題の成績と比べて転倒を予測する指標として役立つのかを疑問視する報告や、予測しなかったとする報告が含まれています。デュアルタスクが注意の配分を捉えていること自体は支持されていますが、それが転倒の予測にどこまで使えるかは別の問題として残っています。
なお、2つの課題を重ねると成績が落ちるという現象は、高齢者に限ったものではありません。健常な若年成人を対象に、光の合図に反応して足を踏み出す課題で測った研究では、計算課題を加えると反応時間が平均327ミリ秒から515ミリ秒へ延びています。注意の配分には誰にでも限りがある、ということです。
現場で使うときの注意
介護の現場や職場でデュアルタスクを取り入れる場合、測定として使うのか、訓練として使うのかを先に分けておく必要があります。目的が違えば、設計も変わります。
- 測定として使うなら、条件を固定する。計算の種類(何ずつ引くか)、歩く距離、声かけの仕方を毎回同じにしないと、前回と比較できない
- 単一課題の成績も必ず測る。二重課題コストは単一課題との差なので、片方だけでは計算できない
- 転倒の予測として扱わない。注意の配分の状態を示す数値であり、個人の転倒を予測する根拠にはならない
- 安全を確保する。バランスが不安定な人に負荷の高い課題を行わせると、測定中の転倒につながる。付き添いと手すりを前提にする
- 結果の使い道を決めておく。数値が出たあと、誰が何を検討するのかが決まっていないと、記録だけが残る
訓練として使う場合は、別の考え方になります。国立長寿医療研究センターのコグニサイズは、運動と認知課題を組み合わせる際、課題自体をたまに間違えてしまう程度の負荷をかけること、課題がうまくできることが目的ではないことを挙げています。間違いが起きる水準に保つのが訓練、条件を固定するのが測定、という違いです。
| 観点 | 測定として使う場合 | 訓練として使う場合 |
|---|---|---|
| 負荷と条件の置き方 | 計算の種類(何ずつ引くか)、歩く距離、声かけの仕方を毎回同じにする | 課題自体をたまに間違えてしまう程度の負荷をかける |
| 課題の出来の扱い | 単一課題の成績も測り、二重課題コストとして普段との比率を出す | 課題がうまくできることを目的にしない |
| 結果の扱い | 転倒の予測として扱わない。数値が出たあと誰が何を検討するかを先に決めておく | 訓練した課題の上達と日常生活の変化には距離があり、効果の表現に慎重さが要る |
| 安全の確保 | 付き添いと手すりを前提にし、測定中の転倒を防ぐ | 付き添いと手すりを前提にし、実施中の転倒を防ぐ |
どちらの目的であっても、効果の表現には慎重さが要ります。認知トレーニングの記事で扱ったとおり、訓練した課題が上達することと、日常生活が変わることのあいだには距離があります。デュアルタスクについても同じで、現時点で言えるのは注意の配分を外から観察できるということまでです。
- ※ 本記事は2026年10月時点で公開されている資料にもとづいています。
- ※ 1997年の報告は医学雑誌ランセットに掲載された短報で、本文全体は購読が必要なため、本記事ではこの枠組みの出発点として紹介するにとどめ、人数や感度・特異度といった数値には踏み込んでいません。
- ※ 国内研究の数値は、要介護認定を受けた虚弱高齢者30名(平均84.7歳)を対象とした条件下のもので、基準値として使えるものではありません。
- ※ 測定は状態を数値として把握するためのものであり、転倒の予測や予防を保証するものではありません。医学的な判断は医師が行います。測定を行う際は、対象者の安全確保を優先してください。
よくある質問
- デュアルタスクとは何ですか。
- 2つの課題を同時に行わせる枠組みのことです。介護や転倒の分野では、歩く・立ち上がるといった動作に、計算や言葉の課題を重ねる形がよく使われます。片方ずつでは問題なくこなせても、同時に行うと成績が落ちることがあり、その落ち方から注意の配分の状態を外から観察しようとするものです。
- なぜ2つ同時にやらせるのですか。
- 注意の配分に余裕があるかどうかは、片方ずつ測ると見えないためです。バランスを保つのが難しくなると、歩くこと自体に注意を割く必要が出てきます。そこへ会話や計算が加わると注意が足りなくなり、どちらかの成績が落ちます。現場で起きる事故の多くが「何かをしながら」の状況で起きることを考えると、同時に行わせることに意味があります。
- 二重課題コストとは何ですか。
- 単一課題のときの成績と二重課題のときの成績の差を、単一課題の成績で割って百分率にした数値です。単一課題の成績で割るのは、もともと歩くのが速い人と遅い人を同じ土俵で比べるためで、その人自身の普段と比べてどれだけ落ちたかという比率になります。計算するには単一課題の成績も必ず測る必要があります。
- 二重課題の成績が悪いと、転びやすいということですか。
- そう単純には言えません。要介護認定を受けた虚弱高齢者30名を対象とした国内の研究では、二重課題コストは注意機能の検査と相関した一方、転倒の有無で分けた2群のあいだに有意差は認められませんでした。海外の研究をまとめた検討でも、二重課題の条件での歩行の変化が転倒を予測する指標として役立つかについては評価が割れています。注意の配分の状態を示す数値であり、個人の転倒を予測する根拠にはなりません。
- 現場で実施するとき、何に気をつければよいですか。
- まず測定として使うのか訓練として使うのかを決めてください。測定なら、計算の種類、歩く距離、声かけの仕方といった条件を毎回同じにしないと前回と比較できません。単一課題の成績も必ず測ります。訓練なら、課題をたまに間違える程度の負荷に保つという考え方があります。いずれの場合も、バランスが不安定な方には付き添いと手すりを前提とし、測定中の転倒を防いでください。
出典
- 虚弱高齢者における二重課題 Timed Up and Go test の成績(原田・中村、日本健康促進理学療法学会誌 5巻1号)[PDF](外部サイトが新しいタブで開きます)
- Stops walking when talking as a predictor of falls in elderly people(Lundin-Olsson ほか、The Lancet 349巻、1997年、DOI 10.1016/S0140-6736(97)24009-2)(外部サイトが新しいタブで開きます)
- 二重課題がTimed Up & Go Testに与える影響(理学療法学 2013年)(外部サイトが新しいタブで開きます)
- ステップ動作における単純反応時間と選択反応時間の分析(秋山ほか、理学療法科学 32巻6号、2017年)[PDF](外部サイトが新しいタブで開きます)
- 認知症予防運動プログラム「コグニサイズ」|国立長寿医療研究センター(外部サイトが新しいタブで開きます)
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