けがをした選手がいつ競技に戻れるかは、本人、指導者、医師、理学療法士、トレーナーが毎日のように向き合う問いです。早すぎれば再受傷のおそれがあり、遅すぎれば競技の機会を失います。
この記事では、競技復帰の判断がどのような考え方で行われているのか、身体機能の評価で何が分かっているのか、そして近年注目されている反応・判断の評価をどう位置づければよいのかを、国際的な合意声明と論文の原典から整理します。ここでいう反応・判断とは、合図や相手の動きに気づいてから動き出すまでの速さと、どの動きを選ぶかの正確さを指します。反応の種類は反応時間とはで詳しく扱っています。
競技復帰は「最後の1回の判定」ではない
2016年、スイスのベルンで開かれたスポーツ理学療法の第1回世界会議のあとに、17人の専門家が競技復帰に関する合意声明をまとめ、スポーツ医学の学術誌に発表しました。この声明は、競技復帰の判断を、複数の要因が絡み合うリスク管理の作業だと位置づけています。
- 競技復帰は、回復とリハビリの最後に単独で下す決定ではなく、回復とリハビリに並行して進む連続した過程として捉える
- 身体だけでなく、心理と社会の要因をあわせて見るモデルが、選手ごとの事情を理解する助けになる
- リスクの評価とリスクの許容度を整理する枠組み(StARRT)が、判断に関わる人が情報をまとめる助けになる
- 復帰の判断を支える研究の根拠は乏しく、復帰の定義、測り方、報告の仕方を標準化することが今後の課題である
最後の点は見落とされがちです。競技復帰の判断は、明確な基準値に当てはめれば答えが出るものではなく、限られた根拠をもとに、選手本人を含めた関係者が話し合って決めるものだということです。回復とリハビリ、トレーニングの関係については、コンディショニングとはでも整理しています。
身体機能の評価で分かっていること
競技復帰の評価が最も研究されているけがの一つが、膝の前十字靭帯の損傷です。再建手術を受けた人の競技復帰について、69の論文、7,556人分のデータをまとめた2014年のメタ解析では、何らかのスポーツに戻った人は平均81%、けがの前と同じ水準に戻った人は65%、競技レベルのスポーツに戻った人は55%でした。
同じ解析では、片脚での跳躍の左右差が小さいこと、年齢が若いこと、競技水準が高いこと、心理的な反応が前向きであることなどが、けがの前と同じ水準への復帰と関連していました。身体の回復だけでなく、心理的な要因も復帰に関わっていることが分かります。
復帰後の再受傷については、ノルウェーとアメリカの共同研究があります。方向転換を伴う競技をしていた再建手術後の106人を2年間追跡し、復帰前の膝の機能と再受傷の関係を調べました。
| 調べた点 | 報告された結果 |
|---|---|
| 跳躍や方向転換の多い競技(論文でいうレベル1の競技)への復帰 | 復帰した人の再受傷率は、復帰しなかった人の4.32倍だった |
| 手術から復帰までの期間 | 術後9か月までは、復帰を1か月遅らせるごとに再受傷率が51%下がった。9か月以降はそれ以上の低下はみられなかった |
| 復帰基準(日常生活の膝の機能、自己評価、太ももの前の筋力と跳躍の左右差がすべて90を超える) | 基準を満たさなかった人の38.2%、満たした人の5.6%が再受傷した。ただし統計的に有意な差ではなかった |
| 太ももの前の筋力の左右差 | 復帰前の左右差が小さいほど、再受傷率は有意に低かった |
筋力の左右差や復帰までの期間が再受傷と関連していたことは、身体機能の評価に一定の根拠があることを示しています。一方で、基準を満たしたかどうかの差は統計的に有意ではなく、対象も106人に限られます。基準を満たせば安全、と言い切れる段階ではありません。
身体機能の検査が捉えにくいもの
筋力や跳躍の検査は、決まった動きを、決まったタイミングで行うものがほとんどです。選手は何をすればよいかを事前に知っており、動きに集中できます。ところが試合では、相手やボールの動きを見て、次の動きをその場で選びながら動きます。
2022年に発表された、前十字靭帯損傷と神経認知機能に関するレビューは、この違いを問題として取り上げています。現在の復帰テストは閉じた予測可能な動作を使っているが、競技の場で求められるものは異なる、と指摘しています。16の研究を整理し、神経認知のさまざまな領域の低下は、けがの前からある危険因子である可能性も、けがの結果として生じたものである可能性もある、とまとめています。
けがの前の状態を調べた研究もあります。アメリカの大学運動選手を対象に、受傷前に受けていたコンピューターによる神経認知検査の結果を比べた研究では、その後に接触なしで前十字靭帯を損傷した80人は、身長・体重・年齢・性別・競技・ポジションなどをそろえた80人と比べて、反応時間、処理速度、視覚の記憶、言語の記憶のすべてで統計的に有意な差があり、反応時間と処理速度は遅く、記憶の成績は低い結果でした。
ただし、この研究は受傷した人としなかった人を後から比べた症例対照研究で、反応時間が遅いことがけがの原因だと示したものではありません。著者らも、神経認知の違いが受傷と関連している可能性がある、という表現にとどめています。
反応・判断の評価を加えるときの考え方
こうした知見を受けて、復帰テストに神経認知の課題を組み合わせる提案が出ています。2023年に発表された提言は、前十字靭帯の損傷後に神経系の働き方が変わり、動きを保つために注意や判断への依存が高まる可能性を指摘しています。そのうえで、神経認知の課題と運動を組み合わせた二重課題を復帰テストに加え、注意や判断への依存の度合いを確かめることを勧めています。ただし、提言が示しているのは予備的なデータで、有効性はまだ検証の途中です。
| 評価の観点 | 見ていること | 扱うときの注意 |
|---|---|---|
| 組織の回復 | 手術や損傷した部位が負荷に耐えられる状態か | 医師の判断が前提になる |
| 筋力と跳躍 | 左右差、決まった動きでの出力 | 決まった動きを予測できる状況での結果である |
| 反応・判断 | 予測できない合図に対して、動き出しの速さと選んだ動きが正しいか | けがの前の記録がないと比べにくい。有効性は検証の途中 |
| 心理的な準備 | 復帰への自信、再受傷への不安 | 本人の言葉と質問票で確かめる |
反応・判断の評価は、身体機能の評価の代わりではなく、そこに加える観点です。また、頭を打った後の脳しんとうは、別の評価の枠組みで扱われています。2022年の国際会議の合意声明では、脳しんとうの評価のための専用の道具が改訂されました。脳しんとうが疑われる場合の復帰は、医師の判断のもとで進めてください。
記録を判断材料にするための決めごと
反応・判断の測定を競技復帰の判断材料にするには、測り方をそろえておくことが欠かせません。次の点を決めておくと、数値を比べやすくなります。
- けがの前に基準となる記録を取っておく。シーズン前などに測っておけば、復帰時に本人の以前の値と比べられる
- 条件を毎回そろえる。合図の種類、距離、動きの方向、試行回数を固定しないと、前回と比べられない
- 練習による上達を差し引いて読む。同じ課題を繰り返すと、それだけで成績が上がることがある。詳しくは練習効果とはを参照
- 測定の信頼性を確かめる。1回ごとのばらつきがどの程度あるかを知らないと、変化を読み違える。考え方は測定の信頼性と妥当性で整理している
- 判断は関係者で行う。数値は判断材料の一つであり、医師、理学療法士、指導者、選手本人が話し合って決める
- ※ 本記事は2026年11月時点で公開されている合意声明と論文の要旨にもとづいています。
- ※ 研究の数値は、それぞれの研究の対象と条件のもとで得られたもので、復帰の可否を決める基準値として使えるものではありません。
- ※ 測定は状態を数値として把握するためのもので、再受傷の予防や復帰の安全を保証するものではありません。復帰の判断は医師の指示のもとで行ってください。
よくある質問
- 競技復帰はどのように判断されるのですか。
- 2016年の国際合意声明は、競技復帰を、回復とリハビリに並行して進む連続した過程として捉えることを提案しています。組織の回復、筋力や跳躍などの身体機能、心理的な準備、競技の特性などを総合し、医師、理学療法士、指導者、選手本人が話し合って決めます。復帰の判断を支える研究の根拠はまだ乏しいとされています。
- 筋力や跳躍の左右差がなくなれば、復帰してよいのですか。
- それだけでは判断できません。前十字靭帯再建後の106人を追った研究では、復帰前の太ももの前の筋力の左右差が小さいほど再受傷率が低い一方、複数の基準を満たしたかどうかの差は統計的に有意ではありませんでした。手術からの期間も再受傷と関連しており、複数の観点を合わせて判断します。
- なぜ反応や判断も評価するのですか。
- 現在の復帰テストの多くは、決まった動きを予測できる状況で行います。試合では相手やボールを見て、その場で動きを選ぶ必要があります。レビューや提言では、この違いを埋めるために、合図に反応しながら動く課題を復帰テストに加えることが提案されています。ただし有効性はまだ検証の途中です。
- 反応・判断の測定はいつ行えばよいですか。
- けがの前、たとえばシーズン前に基準となる記録を取っておくと、復帰時に本人の以前の値と比べられます。その際は、合図の種類や距離、試行回数などの条件を毎回そろえ、練習による上達の影響も考慮して読む必要があります。
出典
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