新商品を出すか、広告の表現をどれにするか、どの顧客層に力を入れるか。こうした判断の材料を集めるのがマーケティングリサーチです。ところが実際には、「とりあえずアンケートを取る」ことから始めてしまい、集めた数字を判断に使えないという場面が起こりがちです。
この記事では、マーケティングリサーチの定義を確認したうえで、定量調査と定性調査の違い、主な手法、結果を読むときの注意点、進め方を整理します。この記事を読めば、自社の課題にどの調査が合うのかを考える土台ができます。アンケートと行動データや反応時間との違いは、消費者の反応を測る方法で詳しく解説しています。
マーケティングリサーチとは何か
業界団体である日本マーケティング・リサーチ協会(JMRA)の綱領(2025年9月26日改訂)は、マーケティング・リサーチを、企業や団体、政府などの意思決定の支援を目的に、統計学や社会科学、行動科学、データサイエンスなどの理論や手法を用いて、個人や組織に関する情報をデータとして収集し、分析・解釈してインサイト(示唆)を導く一連の活動と定義しています。すべての形態の市場調査、世論調査、社会調査、データ解析を含むとされています。
この定義で押さえたいのは、出発点が「意思決定の支援」であることです。調査そのものが目的ではありません。何を決めるための調査なのかが定まっていなければ、どの手法を選んでも結果は判断につながりにくくなります。
同協会の経営業務実態調査の解説によると、2025年度の日本の調査市場規模は2,775億円で、前年比101.8%でした。物価上昇を考慮すると実質では減少とされています。また、同じ解説では会社の経営上の問題点として「AIの実務導入」が44.7%で3番目に挙げられており、調査の進め方そのものも変化の途中にあることがうかがえます。
定量調査と定性調査の違い
この記事では、回答を数値にして集計し、割合や差を把握する調査を定量調査、発言や行動を言葉のまま扱い、理由や背景を探る調査を定性調査と呼びます。違いを表にまとめます。
| 観点 | 定量調査 | 定性調査 |
|---|---|---|
| 答えやすい問い | どのくらいの人が、どの程度 | なぜ、どのように、どんな場面で |
| 主な手法 | インターネット調査、郵送調査、電話調査、会場調査 | デプスインタビュー、グループインタビュー、行動観察 |
| 結果の形 | 割合、平均、差、集計表 | 発言録、行動の記録、整理された論点 |
| 調査の設計 | 質問と選択肢を事前に固める | 話の流れに応じて掘り下げる |
| 強み | 全体の傾向や大きさをつかめる | 想定していなかった理由や文脈に気づける |
| 限界 | 用意した質問の範囲でしか分からない | 割合や全体の大きさは推定できない |
よくある誤解は、定性調査は人数が少ないから定量調査より劣る、というものです。定性調査は全体の割合を推定するための調査ではないので、同じ物差しでは比べられません。逆に、インタビューで数人が同じことを言ったからといって、「多くの顧客がそう思っている」とは言えません。
定量調査の手法と、回答者数の考え方
定量調査は、回答の集め方によっていくつかに分かれます。JMRAは、電話調査、郵送調査、会場調査(CLT)などについて、手法別のガイドラインを公開しています。それぞれ、対象者への届き方、質問の量、実物を見せられるかどうかが異なります。
- インターネット調査:短期間で多くの回答を集めやすい一方、登録モニターを使う場合は対象者の偏りに注意が必要です。
- 郵送調査:名簿などをもとに紙で配布します。回収までに時間がかかります。
- 電話調査:調査員が聞き取ります。質問の量や複雑さに制約があります。
- 会場調査:集まった人に試作品やパッケージを実際に見せて評価してもらいます。
回答者数と誤差の関係は、公的な調査の報告書で確認できます。農林水産省の「食育に関する意識調査」(令和6年3月)に示された、無作為抽出を仮定した標本誤差の表(95%は信頼できる誤差の範囲)から抜粋します。
| 回答者数 | 結果が10%(または90%)のとき | 結果が50%のとき |
|---|---|---|
| 2,000人 | ±1.3ポイント | ±2.2ポイント |
| 1,000人 | ±1.9ポイント | ±3.1ポイント |
| 500人 | ±2.6ポイント | ±4.4ポイント |
| 100人 | ±5.9ポイント | ±9.8ポイント |
100人の調査で「50%」と出た場合、誤差の範囲はおよそ40〜60%です。全体では十分な人数に見えても、性別や年代で分けると一つの区分の人数は小さくなります。分けて比べたいのであれば、区分ごとの人数を調査の設計段階で考えておく必要があります。
ただし、この計算には前提があります。日本学術会議の提言(2020年)は、無作為に抽出した標本なら標準誤差にもとづいて母集団を推測できる一方、登録モニターのような非確率標本では、同じ根拠のある推測は原理的にできないと整理しています。登録モニターの調査が使えないという意味ではありませんが、表の誤差をそのまま当てはめて「誤差は±3%」と言うことはできません。また、同じ農林水産省の資料が注記するとおり、回答者の誤解などによる計算できない誤差もあります。数字の確かさの考え方は、測定の信頼性と妥当性も参考になります。
定性調査の手法と、人数の考え方
定性調査の代表的な手法は次の3つです。
- デプスインタビュー
- 一人ずつ、時間をかけて話を聞きます。購入までの経緯など、個人の文脈を深く知りたいときに向きます。
- グループインタビュー
- 数人に集まってもらい、話し合う様子を含めて観察します。参加者どうしの発言から新しい視点が出ることがある一方、周囲の意見に引きずられることもあります。
- 行動観察
- 店頭や家庭、製品を使う場面での実際の行動を見ます。本人が言葉にしていない、または意識していない行動に気づく手がかりになります。
定性調査で「何人に聞けばよいか」は、よく挙がる問いです。参考になるのが、飽和(新しい論点が出なくなる状態)に達する人数を実際に調べた研究をまとめた、ヘニンクとカイザーのシステマティックレビュー(2022年)です。23本の論文のうち実データを使った17本では、インタビューで9〜17人、フォーカスグループ(グループインタビューの形式)で4〜8回の範囲で飽和に達していました。
ただし著者らは、この結果は対象者が比較的似ていて、目的が絞られた研究に当てはまるとしています。複数の国にまたがる調査や、発言の意味まで深く理解しようとする場合には、より多くの人数が必要でした。扱う商品や対象者の幅が広いのであれば、この範囲をそのまま使うことはできません。人数は目安として考え、新しい論点が出なくなっているかを確かめながら進めるのが現実的です。
調査の進め方と、守るべきルール
手法を選ぶ前に、決めるべきことを順番に整理します。
- 何を決めるための調査かを一文で書きます。「結果がこうならAを選び、こうならBを選ぶ」と言えると、必要な情報が明確になります。
- すでにあるデータで分からないかを確かめます。購買データや公的統計で答えが出るなら、新たに聞く必要はありません。
- 聞きたいことが探索か検証かを決めます。理由が分からない段階なら定性調査、仮説の大きさを確かめる段階なら定量調査が候補になります。
- 誰に聞くかを定義します。対象者の条件と集め方が、結果を一般化できる範囲を左右します。
- 分析の方法まで決めてから質問を作ります。どう集計して何と比べるかを先に決めると、不要な質問を減らせます。
- 結果と限界を合わせて報告します。対象者、人数、時期、手法を明記すると、後から読む人が判断できます。
定量調査と定性調査は、順番に組み合わせることもできます。インタビューで仮説や選択肢を洗い出してから定量調査で大きさを確かめる流れや、定量調査で見えた意外な結果の理由をインタビューで探る流れです。
調査には倫理面のルールもあります。JMRAの綱領は、調査対象者の自由意思の尊重、目的の通知と目的外利用の禁止、対象者の負荷の軽減、子どもや若年者の保護などを定めています。観察や自動記録など回答によらない受動的データ収集についても、原則として対象者の同意にもとづくこととしています。調査を外部に依頼する場合も、自社で実施する場合も、個人情報の扱いを含めて事前に確認しておくことが大切です。
- ※ この記事は、調査手法の一般的な解説です。法令や個人情報の扱いについて個別の判断が必要な場合は、最新の綱領・ガイドラインと専門家の助言を確認してください。
- ※ 標本誤差の数値は、農林水産省の報告書に示された表からの抜粋で、無作為抽出を仮定したものです。
よくある質問
- マーケティングリサーチと市場調査は違うものですか。
- 日本マーケティング・リサーチ協会の綱領では、マーケティング・リサーチはすべての形態の市場調査、世論調査、社会調査、データ解析を含むと定義され、「リサーチ」と「調査」を同義として扱っています。日常的には市場調査とほぼ同じ意味で使われることもありますが、綱領の定義のほうが範囲は広くなっています。
- 定量調査と定性調査は、どちらを先に行うべきですか。
- 決まった順番はありません。何が論点なのかまだ分からない段階では、定性調査で仮説や選択肢を洗い出してから定量調査で大きさを確かめる流れが考えられます。定量調査で見えた結果の理由を知りたい場合は、後から定性調査を行います。決めたいことに合わせて組み立てます。
- アンケートは何人に聞けば十分ですか。
- 求める精度と、どの区分で比べたいかによって決まります。無作為抽出を仮定した場合、結果が50%のときの標本誤差は1,000人でおよそ±3.1ポイント、100人でおよそ±9.8ポイントです。登録モニターの調査には同じ計算をそのまま当てはめられないため、対象者の集め方も合わせて検討します。
- インタビューは何人に行えばよいですか。
- 一律には決まりません。研究のレビューでは、対象者が比較的似ていて目的が絞られた研究の場合、インタビューで9〜17人、グループインタビューで4〜8回の範囲で新しい論点が出なくなったと報告されています。対象者の幅が広い調査や、複数の国にまたがる調査では、より多くの人数が必要になります。
出典
- マーケティング・リサーチ綱領(2025年9月26日改訂)[PDF]|一般社団法人日本マーケティング・リサーチ協会(外部サイトが新しいタブで開きます)
- 綱領・ガイドライン|一般社団法人日本マーケティング・リサーチ協会(外部サイトが新しいタブで開きます)
- 第51回 経営業務実態調査結果解説<前編>|一般社団法人日本マーケティング・リサーチ協会(外部サイトが新しいタブで開きます)
- 食育に関する意識調査報告書(令和6年3月)本報告書を読む際の注意|農林水産省(外部サイトが新しいタブで開きます)
- 提言 Web調査の有効な学術的活用を目指して(令和2年7月10日)[PDF]|日本学術会議(外部サイトが新しいタブで開きます)
- Hennink M, Kaiser BN. Sample sizes for saturation in qualitative research: A systematic review of empirical tests. Soc Sci Med. 2022(外部サイトが新しいタブで開きます)




