ウェアラブル端末で心拍や睡眠を記録する、スマートフォンのアプリで運動や食事を管理する、医療機関で画像診断をAIが支援する、介護施設でセンサーが見守りを行う。こうした製品やサービスは、まとめて「ヘルスケアテック」や「ヘルステック」と呼ばれます。
ただ、この言葉が指す範囲は広く、健康アプリの話と医療機器の開発の話とでは、守るべき規制も市場の見方もまったく異なります。
この記事では、ヘルスケアテックを検討し始めた企業や自治体の担当者に向けて、領域の分け方、市場規模の公的な推計、そして事業を始める前に必ず確認すべき「医療機器に当たるかどうか」の考え方を、経済産業省と厚生労働省の資料をもとに整理します。
ヘルスケアテックとは——この記事での定義
ヘルスケアテックには、法律や公的な文書で決まった定義はありません。この記事では「健康の保持・増進、医療、介護の各場面で、センサー・アプリ・データ処理などのデジタル技術を使う製品・サービス」の総称として使います。「ヘルステック」も同じ意味で使われることが多い語です。
あわせて、この記事で使う言葉を次のように定めておきます。
- ヘルスケア産業
- 経済産業省の資料での定義に従います。健康や医療、介護に関わる産業のうち、個人が利用・享受するサービスで、健康の保持・増進を目的とするもの、または公的医療保険・介護保険の外で患者や要支援・要介護者の生活を支援するものを指します。
- プログラム医療機器
- 医薬品医療機器等法の規制対象となるソフトウェアのことです。平成25年の法改正で、機器に組み込まれていない単体のプログラムも規制の対象になりました。厚生労働省のページでは「医療機器プログラム」と表記されています。
- 測定
- 人の状態を、決まった手順で数値として記録することを指します。この記事では、測定した結果をもとに病気を判定する「診断」とは区別して使います。
「ヘルスケア産業」は公的保険の外側を指す言葉なので、保険診療で使われる医療機器の市場はここに含まれません。ヘルスケアテックという言葉は両方にまたがって使われるため、市場規模の数字を見るときは、どちらの範囲の話かを確かめる必要があります。
3つの領域で分ける——予防・健康づくり、医療、介護・生活支援
経済産業省は、健康・医療・介護分野での自らの役割を説明する資料の中で、この分野を「予防・健康づくり」「医療(診断・治療)」「介護・生活支援」の3つに分け、それぞれの対象者を健常者、患者、要介護者としています。ヘルスケアテックの製品・サービスも、この3つに当てはめると整理しやすくなります。
| 領域 | 主な対象者 | 技術の例 | 主な担い手 |
|---|---|---|---|
| 予防・健康づくり | 健常者 | ウェアラブル端末、健康管理アプリ、健康経営の支援サービス、PHR(個人の健康記録) | 個人、保険者、企業、幅広い生活関連産業 |
| 医療(診断・治療) | 患者 | プログラム医療機器、画像診断の支援、治療を支えるアプリ | 医療機関、医療機器・医薬品メーカー |
| 介護・生活支援 | 要介護者 | ロボット介護機器、見守りセンサー、介護保険外の生活支援サービス | 介護事業者、幅広い生活関連産業 |
同じ技術でも、どの領域で使うかによって位置づけが変わる点に注意が必要です。たとえば心拍や体の動きを測るセンサーは、健康な人の運動管理に使えば予防・健康づくりの領域ですが、疾病の兆候を検知して受診を促す目的で使えば医療の領域に入り、規制の扱いも変わります。この点は後の章で詳しく見ます。
また、3つの領域をつなぐ土台として、データの扱いがあります。経済産業省は、健康経営やPHRなどの環境整備を自らの役割の一つに挙げています。個人の健康データを本人が管理し、必要に応じて活用できるようにする仕組みは、どの領域のサービスにも関わります。
市場の動き——公的保険外のヘルスケア産業は2050年に約77兆円と推計
市場規模について、公的な資料で確認できる推計を見てみます。経済産業省ヘルスケア産業課が2024年5月に内閣府の検討会へ提出した資料では、ヘルスケア産業の市場規模を次のように推計しています。推計の作成者は日本総合研究所です。
| 区分 | 2020年 | 2030年 | 2050年 |
|---|---|---|---|
| 健康の保持・増進に働きかけるもの | 18.5兆円 | 30.9兆円 | 59.9兆円 |
| 患者/要支援・要介護者の生活を支援するもの | 6.4兆円 | 8.2兆円 | 16.9兆円 |
| 合計(2区分の和) | 24.9兆円 | 39.1兆円 | 76.8兆円 |
合計すると、2020年の約25兆円が2050年に約77兆円になるという推計です。伸びの大きいのは「健康の保持・増進に働きかけるもの」で、2020年から2050年にかけて約3.2倍になっています。予防・健康づくりの領域、つまり病気になる前の人を対象にしたサービスが市場の中心になるという見立てです。
この数字は公的保険の外側の市場であり、保険診療で使われる医療機器や医薬品は含まれません。また実績ではなく将来の推計です。資料によって2020年の値を「24兆円」「25兆円」と丸め方が異なるため、引用するときは出典を確かめます。
規制の分かれ目——医療機器になるプログラム、ならないプログラム
ヘルスケアテックの事業で最初に確かめるべきなのは、自社の製品やアプリが医療機器に当たるかどうかです。医療機器に当たれば、医薬品医療機器等法にもとづく承認・認証などの手続きが必要になり、開発の期間も費用も大きく変わります。
厚生労働省は「プログラムの医療機器該当性に関するガイドライン」(令和3年3月31日、令和5年3月31日一部改正)で基本的な考え方を示しています。規制の対象になるのは、医療機器としての目的性を持ち、かつ意図したとおりに機能しない場合に患者や使用者の生命・健康に影響を与えるおそれがあるプログラムです。影響のおそれがほとんどないもの(一般医療機器に相当するもの)は除かれます。あわせて公表された「プログラムの医療機器該当性判断事例」(令和5年3月31日)から、代表的な例を挙げます。
| プログラムの例 | 判断 | 判断の理由として示されている点 |
|---|---|---|
| 体重計や歩数計のデータ、血圧などの計測値を表示・保管・転送する個人の健康記録 | 該当しない | データの加工・処理を行わない |
| 日常の運動を監視して傾向を追跡し、行動を提案する | 該当しない | 運動管理など医療・健康以外を目的とする |
| パズルゲームや「脳年齢」テストのスコアを示す(一般の人が遊戯と認識するもの) | 該当しない | 医療・健康以外を目的とする |
| 健康な人の運動で、トレーニングの効率向上や運動強度の管理のために血中酸素飽和度を記録する | 該当しない | 心不全などの患者の運動療法・リハビリを目的とするものは該当する |
| バイタルデータの解析結果から心房細動の兆候を通知し、受診を促す | 該当する | 疾病の兆候や罹患の可能性を個人に示す |
| 認知機能の検査結果や動画を独自のアルゴリズムで解析し、認知症やMCIの発症リスクを示す | 該当する | 発症リスクの提示や、病的な動きの検出を医学的判断に供する |
この表から読み取れるのは、使っている技術ではなく「何のために、何を示すか」で判断が分かれるということです。同じ血中酸素飽和度の測定でも、健康な人のトレーニング管理なら該当せず、患者のリハビリが目的なら該当します。生活環境を整えるために家電を制御するプログラムは該当しませんが、検知した情報から熱中症などの疾病や体調異常を検知するものは医療機器に当たるとされています。
認知機能を扱うサービスにとって、最後の行は特に重要です。認知機能の検査結果を、医学的に公知ではない独自のアルゴリズムで解析して、個人の認知症やMCIのリスクを示すプログラムは、医療機器に当たる例として明記されています。反応や判断を測って数値で示すことと、そこから病気のリスクを判定することは、規制の上でまったく別の扱いになります。
判断に迷う場合は、厚生労働省医薬・生活衛生局監視指導・麻薬対策課が医療機器該当性の相談窓口を設けています。開発に関する相談は、医薬品医療機器総合機構(PMDA)の「医療機器プログラム総合相談」が一元的に受け付けており、判断事例を集めたデータベースも公開されています。
「測る」技術の位置づけ——身体の次に、認知と反応
ヘルスケアテックの多くは、何かを測るところから始まります。歩数、心拍、睡眠、血圧といった身体の指標は、ウェアラブル端末の普及で日常的に記録できるようになりました。一方、注意・判断・反応といった認知の働きは、身体の指標ほど日常的には測られていません。
認知の働きを測る方法には、紙と鉛筆による検査、コンピュータやタブレットを使う検査、光や音などの刺激に体を動かして反応する課題などがあります。それぞれの特徴は認知機能の測り方の種類で整理しています。どの方法を使う場合でも、測った値を健康づくりや安全管理に使うには、同じ人を同じ条件で測れば同じような値になるか(信頼性)、測りたいものを測れているか(妥当性)を確かめておく必要があります。考え方は測定の信頼性と妥当性で解説しています。
前の章で見たとおり、測った値を「状態の記録」として示すのか、「病気のリスク」として示すのかで、規制上の扱いが変わります。測定の技術を事業にするときは、何を測り、結果をどういう言葉で返すのかを、開発の最初の段階で決めておくことが欠かせません。
導入・開発するときに確認すること
ここまでの内容を、ヘルスケアテックの製品・サービスを導入する側と、開発する側の両方に共通する確認事項としてまとめます。
- どの領域のサービスか。予防・健康づくり、医療、介護・生活支援のどれに当たり、対象者は健常者、患者、要介護者の誰か。
- 医療機器に当たるか。結果を状態の記録として示すのか、疾病の兆候やリスクとして示すのか。迷う場合は厚生労働省の判断事例を確認し、相談窓口を使う。
- 何をどう測るか。測定の方法と条件は決まっているか。信頼性と妥当性は確かめられているか。
- データをどう扱うか。健康に関するデータは慎重な取り扱いが求められる。誰が、何の目的で、どこまで使えるのかを、利用者に説明できる形で決めておく。
- 誰に、どう返すか。結果を本人や担当者が理解でき、次の行動につなげられる形になっているか。
株式会社スマートスタートは、自社で測定サービスとクラウドを開発・運用してきた体制で、受託のシステム開発を行っています。測定機器やデバイスからのデータ取り込みを含む実装や、集めたデータを後から分析できる形にするデータ基盤の設計に対応し、要件が固まっていない段階からご相談いただけます。また、見る・認知する・判断する・動くという一連の反応を短時間で測定し、数値として示すREAXION Wellも提供しています。
- ※ 市場規模の数値は、経済産業省ヘルスケア産業課の資料(2024年5月、内閣府「高齢社会対策大綱の策定のための検討会」資料7-2)に掲載された日本総合研究所の推計です。合計の行は、2区分の値を足し合わせて算出しました。
- ※ 医療機器への該当性の例は、厚生労働省「プログラムの医療機器該当性判断事例」(令和5年3月31日)から要約しています。個別の製品の該当性は、厚生労働省の相談窓口で確認してください。
よくある質問
- ヘルスケアテックとヘルステックは違うものですか。
- どちらも法律や公的な文書で定義された言葉ではなく、多くの場合は同じ意味で使われています。健康の保持・増進、医療、介護の各場面でデジタル技術を使う製品・サービスの総称です。話題にしている範囲が公的保険の内側(医療機器など)か外側(健康づくりのサービスなど)かで、規制も市場の数字も変わるため、言葉よりも範囲を確かめることが大切です。
- ヘルスケアテックの市場規模はどのくらいですか。
- 経済産業省の資料(2024年5月)に掲載された日本総合研究所の推計では、公的保険の外にあるヘルスケア産業の市場規模は2020年に約25兆円(健康の保持・増進に働きかけるもの18.5兆円、患者や要介護者の生活を支援するもの6.4兆円)で、2050年には約77兆円(同59.9兆円、16.9兆円)になると見込まれています。保険診療で使われる医療機器や医薬品は含まれない点と、実績ではなく推計である点に注意してください。
- 健康管理アプリは医療機器に当たりますか。
- アプリの目的と、結果として何を示すかによります。厚生労働省の判断事例では、体重や歩数、血圧などの計測値を表示・保管・転送するだけの健康記録や、健康な人向けの一般的な健康増進のアドバイスは医療機器に当たらないとされています。一方、バイタルデータから心房細動の兆候を通知して受診を促すものや、個人の疾病の発症リスクを示すものは医療機器に当たる例として挙げられています。判断に迷う場合は、厚生労働省の該当性相談窓口に相談できます。
- 認知機能を測るアプリやサービスは医療機器になりますか。
- 測った結果をどう示すかで扱いが分かれます。厚生労働省の判断事例では、認知機能の検査結果などを医学的に公知ではない独自のアルゴリズムで解析し、認知症やMCIの発症リスクを示すプログラムは医療機器に当たるとされています。一方、一般の人が遊戯と認識する「脳年齢」テストのスコアを示すプログラムは当たらない例として挙げられています。個別の製品については、開発の早い段階で相談窓口に確認することをおすすめします。
出典
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